【収録曲】
全曲作詞作曲 高野寛
全曲編曲       高野寛,今堀恒雄
プロデュース 高野寛


1.黄色い月 ★★★★☆
2.最後の扉 ★★★★★
3.ベイビー・ベイビー ★★★★☆
4.まさか僕らが ★★★☆☆

5.恋の破片(かけら) ★★★★☆
6.幻の恋 ★★★★★
7.波紋 ★★★★☆

8.ここはどこか ★★★★☆
9.君の三日月のまつげ ★★★☆☆
10.安心するんだ ★★★★☆
11.愛の言葉 ★★★★★
12.君のために ★★★★☆


1993年12月8日発売
1998年9月23日再発
2007年12月19日再発(リマスター)
東芝EMI
ユニバーサルミュージック(2007年盤)
最高位35位 売上不明


高野寛の6thアルバム。先行シングル「愛の言葉」を収録。前作「th@nks」からはベスト盤を挟んで1年5ヶ月振りのリリースとなった。


ベスト盤をリリースして心機一転したのか、いつになく生音志向の強いサウンドが展開されたアルバムになっている。編曲にクレジットされている今堀恒雄はギタリスト。高野寛と言えばYMOやトッド・ラングレンの強い影響を受け、打ち込みを多用した上質なポップスを生み出してきたアーティストである。現在のDTMの元祖と言える形で楽曲制作を行ってきた。


タイトルの由来は分からないが、今作は今までの作品よりもラブソングが多い印象がある。その辺りも「I(ai)」というタイトルの由来なのだろうか?



「黄色い月」は今作のオープニング曲。バンドサウンドだけでなく、ホーンも使われている。とてもポップで明るい曲になっている。タイトル通り、月について歌われたラブソング。高野寛の楽曲には珍しく、セリフが入っている。どんな時でも恋人達を月は照らしていてくれる。「黄色い月がこの街を照らしてる 丸い顔で僕たちを照らしてる」というサビの歌詞が印象的。月を見ながら聴きたい曲である。


「最後の扉」はストリングスが多用されたポップナンバー。ピアノも前面に出ている。コーラスには遊佐未森が参加した。疾走感のある爽やかなメロディーは高野寛ならでは。歌詞はとてもポジティブ。「夢の扉開いたら 君の笑う声きいた 古い自分脱ぎ捨てて 君と新しい時へ」という歌詞が印象的。ストリングスがバンドサウンドを殺さない程度に目立っており、バランスが取れている。多幸感溢れる曲になっており、今作の作風を象徴する曲と言える。



「ベイビー・ベイビー」は先行シングル「愛の言葉」のC/W曲。ゆったりとした曲調が心地良いバラード。バンドサウンドだけでなく、ストリングスも使われており、曲を美しく彩っている。別れた恋人のことを思い出しながらその人の幸せを祈る内容の歌詞。それだけでなく、内省的な雰囲気も持った歌詞が特徴。「年を重ねてゆく度に 時間は速くなってゆく 傷の痛みも冷えた頃 やっと暖かい風が吹いてきた」という歌詞が印象的。温かみだけでなく、哀愁も感じさせる曲。



「まさか僕らが」は打ち込みが多用された曲。マンドリンと打ち込みが目立ったサウンド。曲調やメロディーは変化が激しく、ひねくれた印象がある。一筋縄ではいかないメロディーは高野寛の真骨頂。片想いしていた男の恋が成就した喜びが語られている。サビでは「まさか僕らがこうなるとは ちょっと前じゃ有り得ないね」と高らかに歌い上げている。男の気持ちが伝わってくるようなフレーズである。圧倒的な多幸感に溢れている曲。


「恋の破片(かけら)」はレゲエ調の曲。今までの曲には無かったような曲調である。タイトルだけ見て失恋ものバラードかと思ったが違った。くるくると性格が変わる気まぐれな女性に恋した男の気持ちが描かれた歌詞。「僕の頭は混乱している 君の記憶が散乱している 今日は昨日の君と少し違う どれが本物なのか迷うだけ」という歌詞からは男の感情がよく伝わってくる。「やがて恋の破片はパズルのように 二人とも一つになる」というラストの歌詞が印象的。歌詞、サウンド共に高野寛以外には作り出せないような世界観がある。



「幻の恋」は沢田研二に提供した曲のセルフカバー。しっとりと聴かせるバラードナンバー。打ち込みと生のトロンボーンの絡みが浮遊感のあるサウンドを作り出している。近付こうとすると遠ざかっていく「幻の恋」について描かれている。「手を伸ばせば遠ざかる たどり着けばもういない だけど僕には見えてる こんなに近くあなただけ」という歌詞が印象的。沢田研二のバージョンは聴いたことがないので何とも言えないが、高野寛の名バラードの一つと言っても良いと思う。



「波紋」は内省的な雰囲気を持ったラブソング。バンドサウンドが曲に力強さを持たせている。シンセのふわふわとした音も使われており、独特なグルーヴを生んでいる。「闇に迷って 僕らは震えている 闇に迷って 僕らは出口探す 答は胸の中に」という歌詞が印象的。過去の記憶を取り戻したいと願う恋人達が描かれている。この曲はサウンドだけでなく歌詞も冴え渡っている。詩人としての高野寛の姿を楽しめる曲と言える。



「ここはどこか」はホーンが多用されたポップな曲。ギターのカッティングも前面に出ている。今作リリース直前に発売された高野寛のエッセイ集のタイトルにもなった。「旅」は高野寛の曲に多く登場するテーマの一つ。この曲でもそれが描かれている。「憧れの大陸の果て どこにもない国を探そう 夢追いし航海の末 どこにもない国を探そう」というサビの歌詞が印象的。何処かへ旅に出たくなること請け合いな曲である。



「君の三日月のまつげ」は多幸感に溢れたポップなラブソング。サウンドは打ち込みが多め。コーラスには遊佐未森が参加した。神秘的という言葉さえ似合うような透き通った美しい声で曲を彩っている。付き合い始めたばかりの恋人達の姿が思い浮かぶような歌詞。「言葉を交わすよりも奥の方で 何かを知ってる」という歌詞が印象的。タイトルからして甘い雰囲気があるが、歌詞もまた甘い雰囲気がある。最早甘ったるさすら感じる。



「安心するんだ」はしっとりと聴かせるバラード。バンドサウンドの他にもストリングスが使われている。浮遊感を感じさせるサウンドが展開されている。「君の隣にいると 安心するんだ 君と並んでいると 感心するんだ」と歌い上げるサビはインパクト抜群。一緒にいるだけで何となく安心できる存在というのは羨ましいものである。ここまで直球なラブソングは高野寛にとっては珍しい。



「愛の言葉」は先行シングル曲。爽やかな雰囲気溢れたポップな曲。イントロではシンセによるストリングスが入り、そこからバンドサウンドが流れ込んでくる。その瞬間から引き込まれる。タイトル通り、ストレートな愛の言葉が並べられた歌詞である。「君を愛し続けよう 僕の勇気捧げよう 時は変わり続けても 終わらない歌響く」という歌詞が顕著。ヒットしていてもおかしくないようなポップスなのだが、ほとんど売れなかったのが不思議である。代表曲になり得たと思う。



「君のために」は今作のラストを飾る曲。ピアノが前面に出たバラード。遠距離恋愛をしている恋人達を描いている。近くにいないのだが、気がつくと恋人のことを想って行動している。微笑ましくもあるが、切なくもある。「今日も真面目に仕事をするさ いつかきっとくる その日を待ちわびて」という歌詞が印象的。ラストにふさわしい落ち着いた曲である。



ヒット作ではないが中古屋ではそこそこ見かける。「I(ai)」というタイトル通り、ラブソングや自分を見つめ直したような内省的な曲が多い。サウンド面では、打ち込みよりも生音の割合の方が多くなっている。今までギター以外は打ち込みということが多かったので、これはかなり大きな変化である。今作以降、バンドサウンド志向の強い作品が増えた。高野寛の音楽を振り返る上でも重要な作品だと言える。

★★★★☆