【収録曲】
全曲作詞作曲 松任谷由実
全曲編曲       松任谷正隆
7.編曲           Dan Higgins
プロデュース  松任谷正隆


1.宇宙図書館 ★★★★☆
2.残火 ★★★★☆

3.Sillage〜シアージュ ★★★★★
4.AVALON ★★★★★
5.あなたに会う旅 ★★★☆☆

6.星になったふたり ★★★☆☆
7.月までひとっ飛び ★★★★☆
8.Smile for me ★★★★☆
9.私の心の中の地図 ★★★★★
10.君(と僕)のBIRTHDAY ★★★★☆

11.気づかず過ぎた初恋(Extra Winter Version) ★★★★☆
12.GREY ★★★★☆


2016年11月2日発売
EMI Records Japan
初動1位 初動売上5.7万枚


松任谷由実の38thアルバム。配信限定シングル「気づかず過ぎた初恋」「残火」を収録。前作「POP CLASSICO」からは約3年振りのリリースとなった。豪華初回限定盤、初回限定盤、通常盤の3形態でリリースされた。豪華初回限定盤はBlu-rayとアナログ盤が付属。初回限定盤はDVDが付属。


今作はユーミン曰く「印象派の絵画のように、瞬間を切り取ったアルバムにしたかった」という。積み重なった"一瞬"の全てが今の自分を形作っている。自分のことだけではなく、その頃好きだった音楽や本、映画等も過去の中に眠っている。それが大きな図書館の書架に並ぶ書物のように自分の心の中にしまわれているとユーミンは考えた。それが今作のタイトルの由来。


そのようなタイトルのためか、アートワークがかなり凝っている。アートワークは森本千絵が担当した。SFの世界のような神秘的なジャケ写に加え、本のようなパッケージのデザイン。余りにもデザインを凝り過ぎてしまったのか、歌詞カードが若干見辛い。歌詞カードが張り付いているため、全て開いて読むことができない。ただ、アートワークを含めてアルバムの世界観が構成されていると思う。

今作は初動5.7万枚を売り上げて初登場1位を獲得。1位獲得は2012年リリースのベスト盤「日本の恋と、ユーミンと。」以来3年11ヶ月振り。オリジナルアルバムでの1位獲得は「Cowgirl Dreamin'」以来19年8ヶ月振りとなった。獲得時のユーミンは62歳10ヶ月。この年齢での1位獲得は女性アーティストの中で最年長。



「宇宙図書館」は今作のオープニングを飾るタイトル曲。厳かかつ神秘的な雰囲気を持った曲。サウンドは穏やかそのもの。イントロを聴いた瞬間から聴き手は今作の世界に引き込まれる。ユーミンの暖かみのあるボーカルがその雰囲気をさらに高めている。歌詞は亡くなった大切な人への想いを綴ったもの。「夢の中で あなたは 懐かしい服着て 忘れていた未来を教えてくれる」という歌詞が印象的。過去を振り返りつつもその目は未来を見ている。タイトル曲だけあって今作の世界観を最も上手く表現している曲だと思う。


「残火」は配信限定シングル曲。映画『真田十勇士』の主題歌に起用された。タイトルは「のこりび」と読むと思われる。映画の雰囲気に合った、壮大なロックナンバー。全ての音が重なって大地の鼓動のような力強いサウンドを生み出している。特に間奏のギターソロはとにかく格好良い。何度聴いても鳥肌が立ってしまう。歌詞は会えなくなった恋人への想いを残火に例えて語ったもの。サビでは「いつかきみに会いたい」と繰り返している。ユーミンの歌詞としては珍しい程にストレートである。この曲でのユーミンのボーカルは特に衰えを感じさせる。清水ミチコがユーミンのモノマネをしている時に似ている感じである。しかし、若干掠れた感じの声が この曲の力強さをさらに際立たせている印象がある。


「Sillage〜シアージュ」は美しいメロディーが心地良いバラードナンバー。ストリングスが効果的に使われている。少ない音の数でしっかりと聴かせている。歌詞は過去を振り返った内容のもの。「見落とすことも出来たのに 心が気づいてしまったから すれ違うジェット機のロザリオ」という歌詞が印象的。飛行機雲の姿とすれ違ってしまった二人の心を重ね合わせているのだろう。この部分は独特なコードが使われており、それも含めて印象に残る。アルバムの中ではあまり目立つ曲ではないが何度か聴いてかなりハマった。



「AVALON」は重厚感のあるポップロックナンバー。日本中央競馬会の『a beautiful race』のイメージソングに起用された。パワフルなバンドサウンドと懐かしさすら感じさせるようなシンセの音色の絡みが特徴。シンセは1980年代頃のようなサウンドである。ファンタジー小説のような深い世界観を持った歌詞が展開されている。「苦しみの末に きみを解き放て 永遠を刻め 自由に」という歌詞が印象的。「草原」と競馬を思わせるようなフレーズも登場している。今作の収録曲の中では一番気に入った曲。


「あなたに会う旅」はゆったりとしたバラードナンバー。ハウス食品の「北海道シチュー」のCMソングに起用された。サウンドはピアノとストリングスが前面に出ている。恋人と別れて旅に出た女性の心情を描いた歌詞。「時の列車は走る なつかしい歌を乗せて 時はただ先へ進んでゆく 忘れることも忘れて」というサビの歌詞が印象的。人生の終わりを思わせるような達観したフレーズも登場する。人生を旅に例えることは多い。自分が今まで歩んできた道を思い出しながら聴きたくなるような曲だと思う。



「星になったふたり」は打ち込みサウンドが前面に出たポップな曲。エレクトロポップを彷彿とさせるアレンジ。中田ヤスタカのようなサウンドである。ファンタジックな歌詞が展開されている。主人公の女性は「さみしかっただけ」、相手の男性は「遊びたかっただけ」という理由で夜を過ごしていた。しかし、その二人があることをきっかけに恋に落ちた。サビの「あのイントロ」というフレーズが何とも意味深。曲のイントロなのか、何かの比喩なのか?サウンドだけで言えば今作の作風からはかなり浮いている印象が否めない。無理して流行に乗ってしまったような感じであり、何度か聴いても未だに馴染めない。


「月までひとっ飛び」はビッグバンドジャズテイストの曲。三菱UFJニコスの「MUFGカード スマート」のCMソングに起用された。編曲はDan Higginsが行なった。松任谷正隆以外が編曲をするのはかなり珍しい。Dan Higginsはアメリカ人サックス奏者で、ユーミンの曲には以前から参加していた。現実的な要素とファンタジーの要素を組み合わせたユーミン独特の歌詞が展開されている。会社勤めの恋人達を描いているという。「月までひとっ飛び あなたへひとっ飛び 今夜の私はちょっとちがう」というサビのフレーズがインパクト抜群。ジャズのサウンドとユーミンのボーカルが意外と合っている。



「Smile for me」はボサノバテイストのゆったりとした曲。フジテレビ系ドラマ『Chef〜三ツ星の給食〜』の主題歌に起用された。ドラマに使われているのはユーミンとドラマの主演である天海祐希がデュエットしているバージョン。ドラマのストーリーを基にして作ったという。スマホで恋人の写真を撮っている光景を描いている。「あなたに見えない 私からだけしか 今まで 誰にも 見せない表情 それは レンズのこちら側 私がいるからね」という歌詞が印象的。女性の強さや優しさも感じさせる曲である。



「私の心の中の地図」はノスタルジックな雰囲気に満ちたバラードナンバー。大和ハウスのCMソングに起用された。青春時代を振り返ったような歌詞だが、それは故郷や実家を回想することにも繋がっている。楽しいことも辛いことも、その舞台は全て故郷だった。家はいつでも温かい場所だが、そのような場所だからこそ抜け出したくなるものだ。中高生時代に誰もが一度は抱いたことがあるかもしれない、何とも言えないやるせない想いが表現されている。「愛してると云いたくて 今も心はふりかえる 喜びも、苦しみも、みんなあなたに出会えて良かったから」という歌詞が印象的。故郷のことを回想しながら聴きたい曲である。



「君(と僕)のBIRTHDAY」はタイトル通りのバースデーソング。曲調はとても明るい。サウンドは打ち込みが多め。この曲はコーラスワークが凝っている。彼女の誕生日を祝う男性を描いている。当然歌詞は男目線。「ひとりぼっちがこわかったから きみがこの世に生まれてありがとう」というサビの歌詞が印象的。単純に誕生日を祝うだけでなく、相手への感謝を伝えているのが良いと思う。多幸感に包まれた優しい曲だ。


「気づかず過ぎた初恋(Extra Winter Version)」は配信限定シングル曲。アニメ映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』の日本語吹替版の主題歌に起用された。今作に収録されているのは「日本の恋と、ユーミンと。」の100万枚出荷記念としてリリースされたGOLD DISC Editionに収録されたバージョン。元のバージョンをベースにリアレンジされている。ミックスは海外でも活躍するエンジニアであるGo Hotodaが行なった。ストリングスやピアノが前面に出た、幻想的な雰囲気を持ったサウンドになっている。歌詞はタイトル通り、初恋の思い出について描かれている。初恋が成就することはかなり稀なことだと思う。「風にふるえる気持ちも こぼれ落ちる涙も あなたのいる世界に気づいたから」という歌詞が印象的。初恋を思い出して聴くとさらに良い曲だと感じられるはず。



「GREY」は今作のラストを飾る曲。1987年に小林麻美に提供した曲のセルフカバー。音の数はかなり少なく、ユーミンのボーカルをしっかりと聴かせるもの。会えなくなった恋人のことを思い出している内容の歌詞。夕暮れを舞台にしている。「私の心はアッシュトレイ 灰を落とす彼のくせと 指先なつかしむ 小さな大理石」というサビの歌詞が印象的。かなり文学的な歌詞である。ラストにふさわしい崇高な雰囲気を持った曲。


「瞬間を切り取ったアルバム」という言葉の通り、一曲一曲が深い世界観を持っている。まさに文学のようであり、聴いているだけで小説を読んでいるような気分になる。前作「POP CLASSICO」はポップな曲が並んでいたが、今作は内省的な詞の曲が多め。過去を振り返った内容の歌詞が多い印象がある。しかし、アレンジの幅はかなり多彩であり、重苦しさや聴きづらさは感じさせない。かなり満足度の高い作品だった。是非「宇宙図書館」の扉を開けてほしい。

★★★★☆