高野寛
2013-10-09

↑リマスター盤
【収録曲】
全曲作詞作曲編曲 高野寛
プロデュース         高野寛

1.新しいカメラ/my brand-new camera ★★★★☆
2.フルーツみたいな月の夜に/under the fruity moon ★★★☆☆
3.黒焦げ/burn out ★★★★★
4.オレンジ・ジュース・ブルース/orange juice blues ★★★★☆
5.Phenix(翼なき僕達に) ★★★★★
6.皆既日食/total eclipse ★★★☆☆
7.暮れてゆく空/at dusk ★★★★☆
8.Everlasting Blue ★★★★★
9.No word,No think(メディスン・ソング) ★★★★☆
↓2013年盤のみ収録のボーナストラック
10.Bye Bye Television
11.偽りの中で

1999年5月19日発売
2013年10月9日再発(リマスター)
AGENT CÔN-SIPIÔ(ポニーキャニオン)
100位圏外 売上不明

高野寛の9thアルバム。先行シングルは無し。2013年盤にボーナストラックで収録されている2曲は今作発売後の2000年にシングルでリリースされたきりだったもの。前作「Rain or Shine」からは2年6ヶ月振りのリリースとなった。再発盤はジャケ写も変更されている。

今作は今までの作品よりも高野寛自身が主導となって制作された。多くのミュージシャンを招いて制作されているわけだが、その人選は全て高野寛によるもの。
高野寛の原点は宅録にあるが、今作は特に宅録の要素が強い。デビュー当初から宅録をやっていたが、それはあくまでデモ音源であり、宅録音源がCD化されることは無かったという。デモ音源をスタジオで一からやり直して作る形だったようだ。発展途上のデジタル機材の状態と不慣れなスタジオワークで制作された結果、デモ音源にあった雰囲気が失われてしまうことがよくあったという。そのことで、高野寛はスタジオレコーディングにもどかしさを感じていたようだ。

今作がリリースされた1999年はデジタル機材がかなり進化し、比較的安価な機材でスタジオレコーディングと大差ない曲作りができるようになってきた時代。バンドサウンド、ストリングス等はスタジオで録音し、それ以外はプライベートスタジオで録音する…という今となってはありふれた形を実践した作品となった。

今作リリース後のライブは高野寛によるギターの弾き語りのみで行われており、その模様はライブアルバム化されている。よりアコースティックな音作りになっていくきっかけとなったようだ。


「新しいカメラ」は今作のオープニング曲。ゆったりとした曲調が展開されている。サウンドはほぼギターのみで音の数は少なめであり、シンプルなサウンドとなっている。リゾート地にでもいるかのような涼しげな曲である。歌詞は春に向かっていく暖かい時期が舞台。「西郷山公園」「富士山」と具体的な地名が出てくるのが特徴。新しいカメラで恋人の写真を撮ろうとする男が描かれている。高野寛はHASS名義で写真家としても活動しているが、写真家としての姿を垣間見ることができるような世界観の曲になっている。


「フルーツみたいな月の夜に」はしっとりとしたバラードナンバー。コーラスには畠山美由紀が参加している。高野寛と二人で美しいコーラスワークを展開している。サウンドはアコギと打ち込みが控えめに使われているくらい。ボーカルを聴かせるイメージのサウンドである。歌詞はストレートなラブソング。「ずっと僕らは同じ弧を描き あの中心まで針を進めてく 刻みつけて 刻みつけて たしかにこの手でつかんだものを」という歌詞が印象的。この頃の高野寛は結婚式に呼ばれて、「一曲歌ってくれ」と言われることが多かったようだ。しかし、そのような場面で歌える曲が無かったのでこの曲を作った…というユニークな経緯がある。それを知ってからこの曲を聴くとそれが頷けるようなフレーズが多く登場する。


「黒焦げ」はヘビーなロックナンバー。生音によるバンドサウンドはギターとドラムのみ。それ以外は打ち込みによるもの。特徴はバイオリンやチェロと言ったストリングスが使われていること。このサウンドの絡みがかなり格好良い。あくまでアコギ主体で進んでいくからだろうか。歌詞は暑い夏の日を舞台に、心が「黒焦げ」になっていく様子を描いたもの。今までの高野寛の楽曲には無かったようなハードなイメージの歌詞になっている。サウンド含め、かなり異色なイメージのある曲だがとても格好良い上に不思議とクセになる。


「オレンジ・ジュース・ブルース」は重厚なブルース。コーラスにはクラムボンの原田郁子が参加した。今作の中では珍しく、シンプルなバンドサウンドが展開されている。そのため、サウンドは比較的ロック色が強い。歌詞は恋人に貰った時計について描いたもの。この曲も夏の日を舞台にしている。淡々とした情景描写が切なさを煽る。「あの古い時計 少し狂った時計 僕らの思い出は止まったまま」という歌詞が印象的。高野寛の語りかけるようなボーカルが特徴。ふざけたタイトルのようでいて実際はとても切ない曲になっている。このギャップが良い。


「Phenix(翼なき僕達に)」はフォークロック色が強い曲。アコギを主体としたシンプルなバンドサウンドが展開され、淡々と進んでいく。歌詞は時代の終わりを思わせるもの。「いつかは灰になる この体 この星のすべてを 火の鳥は 今日も ずっとずっと見ていた」という歌詞が印象的。ブックレットにも記載されているが、この曲は漫画『火の鳥』に発想を得て、作者である手塚治虫に捧げるという形で作られたようだ。今作に収録される前からライブで披露されていたらしいが、この曲にこだわりを持っていたため、 満足して歌いこなせるまでCD化しなかったという。そのこだわり振りが聴いているだけで伝わってくる。


「皆既日食」は高野寛のピアノの弾き語りによるシンプルな曲。サウンドはほぼピアノ一本である。歌詞は皆既日食を見ている恋人達を描いたもの。皆既日食を恋人達の体が重なり合う様子にも例えているのだろう。「混ざり合う光 眼差しは翳り 微かに宙に漏れて」という歌詞が印象的。サウンドや歌詞を通して、耽美的な世界観が展開されている。


「暮れてゆく空」はストリングスが前面に出たポップな曲。今作の中ではかなりポップであり、今までの作風を想起させるような曲になっている。歌詞は内省的なイメージのもの。「どうにだってなると突き放した手段で どうしようもない程追いこまれても また吹く風は高く高く高くただ雲を流して」という歌詞が印象的。タイトル通り夕暮れ時に聴きたくなるような曲である。どことなく切なくて懐かしい感覚がある。


「Everlasting Blue」は爽やかなメロディーが心地良いポップな曲。シンプルなバンドサウンドとエレピが前面に出ている。「暮れてゆく空」と同じく、今まで通りの作風と言った感じ。タイトルは歌詞にも出てくる青空、打ち寄せる波の青い色を指したものだと思われる。「いつからか 僕達は真っ白な胸の中を やるせない気持ちだけで この色に染めたのか」という歌詞が印象的。詩でも読んでいるかのような歌詞にポップな曲。今作収録曲の中で一番好きな曲である。


「No word,No think(メディスン・ソング)」は今作のラストを飾る曲。サイケな雰囲気も持った曲になっている。ゆったりとした曲調に重厚なサウンド。アフリカの民族楽器であるジャンベが神秘的なイメージを作り出している。歌詞は恋人へのメッセージのようになっている。「忘れてゆくことだけがこの痛みをほどいてゆく ただひとつだけの確かな薬」という歌詞が印象的。タイトル通り、聴き手の心を癒す薬のような曲になっている。


あまり売れなかったので中古屋ではたまにしか見かけない。全編通してアコースティックな曲が多く、ギター一本によるサウンドでも十分な感じの作品である。帯に書かれた「初めて、歌のためにアルバムを作りたいと思った。」という言葉通り歌ものとしての要素が強く、以前程の作り込んだサウンドはあまり見られない。今作以降はしばらく以前のようなサウンドは控えめになる。高野寛の作り込まれたサウンドに慣れていると面食らってしまうかもしれないが、これはこれで良い作品である。

★★★★☆