KAN
2010-10-27


【収録曲】
全曲作詞作曲 KAN
全曲編曲       KAN・小林信吾
プロデュース  KAN

1.Songwriter ★★★★★ 
2.長ぐつ ★★★★☆

3.サンクト・ペテルブルグ-ダジャレ男の悲しきひとり旅- ★★★★★
4.SAIGON ★★★★☆
5.Oxanne-愛しのオクサーヌ- ★★★★☆
6.月海 ★★★★★

7.ドラ・ドラ・ドライブ大作戦−トラ・トラ・トラどし大先輩−(特製ミックス) ★★★★★
8.Song of Love−君こそ我が行くべき人生−(英語版) ★★★★☆
9.君を待つ ★★★☆☆


1998年3月5日発売
2010年10月27日再発(リマスター)
ワーナーミュージックジャパン
アップフロントワークス(2010年盤)
最高位24位 売上2.1万枚


KANの11thアルバム。先行シングル「Songwriter」「ドラ・ドラ・ドライブ大作戦」「サンクト・ペテルブルグ-ダジャレ男の悲しきひとり旅-」を収録。前作「MAN」からは1年10ヶ月振りのリリースとなった。

今作はKANの自信作である。今までのアルバムでもバリエーション豊かな楽曲が展開されていたが、今作は特に様々な曲調を盛り込んでいる。KAN自身もそれには感心しているほど。


今作のタイトルはKANが寅年生まれということに由来する。KANらしいユーモア溢れるタイトルであるが、曲もそのようなものばかりかと言えばそれは違う。コミカルな曲から真面目なバラードまで歌詞の面でも幅広い魅力を持っている。


「Songwriter」は今作のオープニングを飾る先行シングル曲。歌っているかのような表情を見せる美しいピアノの音色が終始曲を牽引している。流麗なメロディーと美しいピアノには聴き惚れること請け合い。どこまでも広がっていくようなサビは鳥肌が立ってしまう。歌詞はソングライターとしての自らの姿を描いたものになっている。「ピアノをたたき 繰り返す表現のみが唯一存在の意義です」と堂々歌い上げている。自分のことを卑下しているがとても格好良い。今作の核と言える存在の曲である。KANのソングライターとしての圧倒的な実力を見せつけてくるような名曲。



「長ぐつ」は優しい雰囲気溢れるラブソング。2分半程度の短い曲ではあるがしっかりと聴かせてくる。歌詞は恋人に対しての自分の存在について語られている。雨が降ったら傘になる、雪が降ったら長ぐつになる…そのような姿勢が描かれている。KANの楽曲に多く見られる、恋人への強い愛を表現した歌詞がこの曲でも展開されている。メロディーメーカーとしてのKANの力量がうかがい知れるような曲。



「サンクト・ペテルブルグ-ダジャレ男の悲しきひとり旅-」は先行シングル曲。弾むようなメロディーが心地良いポップな曲。タイトルのインパクトが強いが、本当に歌詞にダジャレが散りばめられている。しかし、切ないラブソングに仕上げるところは流石。スチュワーデスさんに恋してしまった独り身の男を主人公に描いている。恋心を抱きつつも、ラストでは「それともとっくにどっかのエリートさんとちゃっかり結婚してんのかな」と歌う。ポップな曲なのにとても切ない。このギャップこそがKANの凄さとも言える。KAN以外には作り出せない世界観の曲だろう。



「SAIGON」はメッセージ性の強い壮大な曲。マイケル・ジャクソンの「Heal The World」を想起させる曲になっている。ボーカルもそれっぽい感じ。曲は8分近くに及ぶ大作。子供たちによるコーラスがラストに入っている。曲のテーマはビリー・ジョエルの「Goodnight Saigon」を彷彿とさせる。歌詞は恐らくベトナム戦争について描いているのだろう。「赤い情熱は想像を超えて五十の星を砕いた そして僕たちは 何と戦い 何を奪い 何を失ったの」という歌詞が印象的。こうして書くと前述の二人の真似事のように感じてしまうかもしれないが、しっかりKANの楽曲として成立させている。社会派としてのKANの姿を見られる曲。



「Oxanne-愛しのオクサーヌ-」はここまでの流れを変えるようなポップロックナンバー。タイトルはポリスの「Roxanne」のもじりである。この曲のコーラスとギターには何と桜井和寿が参加している。「キヌガサマサト」という変名を使用している。コーラスではあるが凄く目立っており、聴くとすぐに桜井和寿と分かる。今作リリース当時はMr.Childrenの活動休止中だったのでミスチルファンからしたら「何やってんだお前」と突っ込みたくなるだろう。KANと桜井和寿は親交が深いので仕方がない。曲はノリの良いポップロックだが、歌詞はとんでもないテーマ。人妻に恋してしまった男を描いている。しかも歌詞のほぼ全てはKANの実話なのだそう。そのようなテーマの曲を桜井和寿が参加して歌うというのは何とも皮肉なものである。



「月海」はしっとりと聴かせるバラードナンバー。サウンドはほとんどキーボードのみで構成されている。イントロは尾崎豊の「I LOVE YOU」を思わせる。失恋した後の心を切なさいっぱいに描いた歌詞が展開されている。それは絶望感にも似ている。「君はいないんだね 君はいないんだね それが現実ならば 奇蹟など起こらない」というサビの歌詞が印象的。メロディーやサウンドは切ない程に美しい。心を抉ってくるようである。KANの失恋モノバラードの中でも屈指の名曲だと思う。


「ドラ・ドラ・ドライブ大作戦−トラ・トラ・トラどし大先輩−(特製ミックス)」は先行シングル曲。テレビ東京系深夜番組『青い体験』の中のドラマ『ON THE WAVE 〜湘南グラフティ〜』の主題歌に起用された。アルバムバージョンでの収録となっているが、シングルバージョンはアルバム未収録。シングルバージョンは聴いたことが無いので違いは分からない。カントリーテイストのポップな曲。KANによる合いの手やコーラスが加えられている。長嶋茂雄のモノマネも入っている。とても賑やかで楽しげな曲である。歌詞は好きな人をドライブに連れて行った男を描いている。男が色々な作戦を練りながらOKを貰おうとしている。この曲の楽しげな雰囲気についつい飲み込まれてしまう。



「Song of Love−君こそ我が行くべき人生−(英語版)」は全編英語詞によるバラードナンバー。(英語版)とあるが、日本語版は作られていない。曲は7分と少しとKANの曲にしては長め。サウンドはピアノや打ち込みによるシンセが前面に出ている。歌詞は対訳が無いので何とも言えないが、タイトル通り恋人へのストレートな愛の言葉が並べられたものになっている。意味は分からなくてもその美しいメロディーに引き込まれることだろう。是非とも日本語版を聴いてみたいものだ。



「君を待つ」は今作のラストを飾る曲。ピアノとストリングスで構成されたシンプルなバラード。KANのアルバムのラストにはこのようなピアノ主体の曲が据えられることが多い。シンプルなサウンドだが不思議と力強さや迫力がある。歌詞は四季の美しさが語られたものになっている。「そこには四季があり それこそが美しさで ぼくはここでこうして君を待つ」という歌詞が印象的。ラストにふさわしい荘厳な雰囲気が漂う曲である。


あまり売れなかったので中古屋で見かけることはかなり少ない。2010年にリマスター盤が出るまでは比較的高値で取引されていたようだ。全9曲で長さも40分程度とコンパクトだが、全曲に存在感があり、聴いていて飽きない作品となっている。聴き終わった後の満足感が他の作品とは段違い。ヒット曲は無いが、ベスト盤の次に聴くオリジナルアルバムとしてもおすすめできる。ソングライターとしてのKANの実力をまざまざと見せつけられる。 KANの自信作というのも頷ける名盤。

★★★★★