崎谷健次郎
1988-03-21


【収録曲】
全曲作詞 有木林子
1.2.作詞 崎谷健次郎
11.作詞  秋元康
全曲作曲編曲 崎谷健次郎
7.編曲 崎谷健次郎・鳥山雄司
10.11.編曲 崎谷健次郎・武部聡志
6.ストリングスアレンジ 倉田信雄
プロデュース 崎谷健次郎

1.GO INTO THE TV ★★★★☆

2.THIS TIME ★★★★★
3.7TH EVE. ★★★★☆

4.WITH ★★★★☆
5.THE FRESH ★★☆☆☆
6.ラベンダーの中で ★★★★☆
7.夏の午后 ★★★★★

8.6月・絵と君と ★★★☆☆
9.水に眠る ★★★☆☆
10.不安定な月 ★★★☆☆
11.(request)もう一度夜を止めて ★★★★★


1988年3月21日発売
ポニーキャニオン
最高位12位 売上5.9万枚


崎谷健次郎の2ndアルバム。先行シングル「もう一度夜を止めて」を収録。今作発売後に「THIS TIME」がシングルカットされた。前作「DIFFERENCE」からは9ヶ月振りのリリースとなった。


先行シングル「もう一度夜を止めて」が崎谷健次郎にとっての最大ヒット曲となり、今作はオリジナルアルバムの中で最高の売上を記録した作品である。このヒットにより、崎谷健次郎=バラードシンガーというイメージが定着したと言える。


前作は秋元康との共同プロデュースだったものの、遂に崎谷健次郎のセルフプロデュースとなった。そのためか、作詞は崎谷と高校生時代からの知人だという有木林子が担当したものが多い。


崎谷健次郎の楽曲の魅力は都会的な雰囲気漂う洗練されたポップスである。AORを主とした音楽性だが、ダンサブルなファンクやハウスミュージックも得意としている。今作でもその音楽性を遺憾無く発揮している。


「GO INTO THE TV」は今作のオープニング曲。キラキラと輝くようなシンクラヴィアの音色とギターのカッティングが主体となったダンスナンバー。うねうねしたシンセベースやブラスも曲を盛り上げている。サビでは女性コーラスが前面に出る。何とも時代性を感じさせるサウンドだが、それがたまらない。作詞は今作の中では数少ない、崎谷本人によるもの。比較的メッセージ性の強い内容である。人の心をテレビに例えている。閉ざされた心を開いて、本当に信じられる言葉だけを送ろうと呼びかけるもの。聴き手をアルバムの中に引き込むようなノリの良い曲であり、オープニングにふさわしい曲だと思う。


「THIS TIME」は今作発売後にシングルカットされた曲。シングルカットされたのは12インチシングル。ファンク色の強いダンスナンバーだが、シングルカットされたバージョンはハウスミュージックのテイストが強いようだ。キレの良いギターのカッティングやシンセの音色が前面に出ている。タイトなドラムやうねるシンセベースも曲を引き立てている。シンセの音色は時代を感じさせるが、それだけ活気に溢れた時代だったということなのだろう。前の曲と同じく、作詞は崎谷本人によるもの。歌詞は夜を舞台にしたラブソング。「湾岸通り」や「高速」といったフレーズは都会的なイメージを想起させる。ギラギラとした真夜中の都市の光景が浮かんでくるような歌詞である。 聴き手に何も考えさせずに踊らせるような曲だと思う。


「7TH EVE.」はダンサブルなポップナンバー。シンセのリフやギターのカッティングが前面に出たサウンドとなっている。余計な物を取り払ったように軽い感じのトラックになっており、後のハウスミュージックへの傾倒を予感させるような音作りがされている。作詞は有木林子によるもの。この曲から10曲目までは全て有木林子が作詞を担当している。歌詞は都会の夜を舞台にしている。「踊り疲れた」人の視点で、夜の都会を行き交う人々の様子が描かれている。どことなく不穏な雰囲気が漂っている印象。この曲のような、 洗練された都会的なポップスは崎谷健次郎の王道と言える。


「WITH」はここまでの流れを落ち着けるようなバラードナンバー。シンセの音色が主体となったサウンドが展開されている。間奏のサックスソロは聴きどころ。音の数がかなり少なく、崎谷のボーカルを聴かせる感じの音作りがされている。歌詞は別れた恋人のことを思い出している男性を描いたもの。男性の後悔が語られており、聴いているともどかしい気持ちになってしまう。ハイトーンながらも弱々しさも感じさせる崎谷のボーカルも相まって、曲全体に繊細さが溢れている印象。



「THE FRESH」はハードロックナンバー。流れを盛り上げるどころか、破壊するような曲である。歪んだギターサウンドが炸裂している。一発一発がとても力強く、雷のような音になっているドラムが特徴的。崎谷のボーカルも投げやりな、吐き捨てるような感じになっている。歌詞も荒れている。崎谷の楽曲としては珍しく、一人称が「俺」で二人称が「おまえ」になっている。「俺を求める おまえはMy Body」と歌い上げている部分がインパクト抜群。あらゆる面で他の曲と違い過ぎている印象だが、異色な作風に引き込まれる。


「ラベンダーの中で」はボサノバテイストの曲。それでいてロック色も感じさせる独特なアレンジがされている。要所を飾るパワフルなドラムの音がロック色を引き出している。歌詞はストレートなラブソング。タイトル通り歌詞の中にはラベンダーが登場する。ファンタジックな印象の詞世界となっている。「どこまでも続くこの愛に他に何もいらないさ 君がいれば」と歌うサビはとても力強い。崎谷健次郎の音楽性の幅広さに驚かされる曲である。


「夏の午后」はミディアムテンポのバラードナンバー。この手のバラードは崎谷健次郎が最も得意としている音楽だろう。イントロから展開される幻想的な雰囲気のシンセがたまらない。どこか懐かしさを感じさせるメロディーも素晴らしい。涼しげなアコギの音色も曲を彩っている。歌詞はタイトル通り夏の午後を舞台にしているもの。一夏の恋を描いている。幻のような思い出を大切にしている男性の様子が浮かんでくるような描写がされている。 爽やかさと美しさを併せ持った崎谷健次郎屈指の名バラード。ファン人気が高いのも頷ける。


「6月・絵と君と」はレゲエテイストの強い曲。ダブを想起させる要素も含まれている。シンセとホーンが前面に出たサウンドは独特な浮遊感を持っており、目を閉じて聴いていると身体が少し浮くような感覚に襲われる。歌詞は6月の雨の日を舞台にしている。男性が雨宿りのために小さなギャラリーに飛び込んだところ、運命の人に出逢った。ドラマチックな恋模様が描かれており、その情景が浮かんでくるようである。この曲はとにかくサウンドのインパクトが凄い。日本でレゲエが定着して売れるようになるのはもっと先なので、この曲は時代のかなり先を行っていたと言える。


「水に眠る」はしっとりと聴かせるバラードナンバー。ビブラフォンがフィーチャーされた、神秘的な雰囲気を持ったサウンドが展開されている。ゆったりしたメロディーも相まって、聴いていると思わず眠くなってしまうほど心地良い。歌詞は湖のほとりを舞台に、そこで過ごしている人々の様子を描いたもの。歌詞もどこか神秘的な感じである。自らの命の終わりを想起させるような内省的なフレーズも含まれているのが特徴。大人のための子守唄と表現したくなるような曲である。



「不安定な月」はしっとりと聴かせるバラードナンバー。ピアノが前面に出た、落ち着いたサウンドが展開されている。脇を固めるブラスの音も曲を彩っている。歌詞は孤独をテーマにした、少々重苦しいもの。「景色が走る 時間が飛ぶ」というフレーズは中々にインパクトがある。孤独に苦しむ人にとって月は不安定なものとして見えるのかもしれない。静かではあるが、尋常ではない力強さを感じさせる。アルバムのほぼ終わりに配置する以外無かったように思える曲である。


「(request)もう一度夜を止めて」は先行シングル曲。シチズン「ライトハウス」のCMソングに起用された。映画『いとしのエリー』、『孔雀王』の挿入歌、フジテレビ系月9ドラマ『東京ラブストーリー』の挿入歌、BS-i系ドラマ『恋する日曜日』の主題歌など、数多くのタイアップがある。崎谷にとっての最大ヒット曲となった。
元々は前作に収録される予定だったものの、シングルのリリース時期の影響で見送られ、今作に収録されることになったという。(request)となっているのはピアノ弾き語りによるアルバムバージョンのため。元のバージョンよりも上質な感じの音になり、荘厳な雰囲気が漂っている。波の音とピアノが絡むイントロは美しいと言う他ない。作詞は今作の中では唯一となる、秋元康が手がけた。切ない恋を想起させる詞世界となっており、崎谷の楽曲のイメージにこれ以上無いほど合っている。伸びのある崎谷のボーカルもこの曲の世界を構成している。 美しさと優しさと切なさを持った、正に名バラードである。



崎谷健次郎のアルバムの中では売れた方の作品なので、中古屋ではそこそこ見かける。崎谷健次郎=バラードというパブリックイメージに応えつつ、次作で傾倒することになるハウスミュージックやファンクにも挑戦している。他にもボサノバやレゲエを取り入れた楽曲もあり、王道とも意欲作とも言えるような作品である。ただ、惜しまれる点は後半にバラードが立て続けに配置されている点。そのせいで流れが少し悪くなってしまった印象がある。前半の勢いから急に尻すぼみしている感じ。

★★★★☆