サザンオールスターズ
2015-03-31


サザンオールスターズ
2015-03-31


サザンオールスターズ
2015-03-31



【収録曲】
全曲作詞作曲 桑田佳祐
全曲編曲      サザンオールスターズ
1.編曲          サザンオールスターズ&曽我淳一
1.3.8.12.弦編曲 島健
2.管編曲 曽我淳一&山本拓夫
5.管編曲 原由子&山本拓夫
7.管編曲 島健
10.16.弦・管編曲 島健
13.弦・管編曲 曽我淳一
プロデュース  サザンオールスターズ

1.アロエ ★★★☆☆

2.青春番外地 ★★★★☆
3.はっぴいえんど ★★★★☆
4.Missing Persons ★★★★☆

5.ピースとハイライト ★★★★★
6.イヤな事だらけの世の中で ★★★★☆

7.天井棧敷の怪人 ★★★☆☆
8.彼氏になりたくて ★★★★★
9.東京VICTORY ★★★★★
10.ワイングラスに消えた恋 ★★★★☆
11.栄光の男 ★★★★★

12.平和の鐘が鳴る ★★★★☆
13.天国オン・ザ・ビーチ ★★★☆☆
14.道 ★★★★☆
15.バラ色の人生 ★★★★☆

16.蛍 ★★★★★


2015年3月31日発売
2015年4月8日発売(LP)
SPEEDSTAR RECORDS(タイシタレーベル)
最高位1位 売上53.8万枚


サザンオールスターズの15thアルバム。先行シングル「ピースとハイライト」「東京VICTORY」を収録。前作「キラーストリート」からは実に9年半振りのリリースとなった。完全生産限定盤AとBには年越しライブ映像の一部が収録されたDVDが付属。完全生産限定盤Aには他にもTシャツ、全曲解説などで構成された本「葡萄白書」が付属。完全生産限定盤BはAからTシャツを省いた内容。


今作は2008年に活動休止し、2013年に活動を再開してから初のオリジナルアルバムである。国民的バンドとして求められる王道のポップスを詰め込んだ前作からは一転して、和風な雰囲気を感じさせる落ち着いた作風となった。老いた人間の視点で語られた、若者へのメッセージと取れるような歌詞が増えているのも特徴。
桑田佳祐の詞世界と言えば、日本語と英語をごちゃ混ぜにした最早何でもありなものである。しかし、今作では歌詞に使われる英語の数がかなり減った。「俄かに知っている英語フレーズに逃げるのをやめた」「日本人として、日本の皆さんに楽しんでもらえる、日本語としてのポップスを作ろうと思った」という桑田佳祐の意向が反映された形だろう。


今作のタイトルは特に深い意味は無い。2014年4月に作家の渡辺淳一が亡くなった際、処女作として紹介されていたのが『葡萄』という作品だった。それが桑田佳祐の印象に残ったようだ。字面も語感も良く、艶っぽさやエロさを感じたという。ジャケ写は岡田三郎助の『あやめの衣』のオマージュで、影響を受けたとのこと。


↑岡田三郎助『あやめの衣』


サウンド面では、桑田佳祐ソロのアルバム「MUSICMAN」でシンセサイザーやプログラミング担当として初参加した曽我淳一がサザンでも参加するようになったことが大きな変化と言える。これまで同じ担当でクレジットされていた角谷仁宣の出番はかなり減っている。曽我淳一が全面的に関わったためか、これまでのサザンのアルバムというよりは「MUSICMAN」の世界をさらに突き詰めたような印象。


今作はオリコンアルバムチャートで初登場1位を獲得した。今作で1位を獲得したことで、1980年代〜2010年代の4年代連続でアルバム1位を獲得するという大記録を打ち立てた。松任谷由実、德永英明、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、氷室京介の6組がこれまでに達成しており、グループでは初の快挙。
桑田佳祐はソロとグループの両方でこの記録を達成しており、これは唯一。長い期間活動することはもちろん、広い世代に愛され続ける普遍性が無ければ達成できない記録。国民的バンドと称されるサザンならではの記録だろう。



「アロエ」は今作のオープニング曲。メンバー全員が出演したWOWOW 2015のCMソングに起用された。タイトルのフレーズに特に意味は無い。仮歌で「anyway」と歌っていたところ、「アロエ」と語感が似ていると感じたからだという。
曲は始まりにふさわしいノリの良いディスコナンバー。バスドラムの4つ打ちから始まるイントロはまさに王道のディスコナンバーである。シンセと重厚なストリングスが一体となって絡むサウンドは迫力に満ちている。間奏にはラップやストリングス担当の金原千恵子の笑い声が入っている。
歌詞は桑田佳祐曰く「心優しい遊び人」を主人公に、「元気のないツレをさらっと励ましている感じ」のもの。その言葉通り、ポジティブなメッセージが並んでいる。サザンが大ベテランと言える境地に達したからなのか、歌詞に圧倒的な説得力が感じられる。あらゆる悲しみも乗り越えられるような、根拠の無い自信が湧いてくる。オープニングにふさわしく、聴き手の高揚感を煽るような曲である。



「青春番外地」は歌謡曲のテイストを感じさせる曲。今作のアルバム曲では最初にレコーディングされたという。タイトルは歌入れをしていた頃に高倉健が亡くなったこともあり、『網走番外地』から拝借したようだ。ピアノが主体となったシンプルなバンドサウンドで構成されている。曲の要所をホーンが飾っている。
歌詞は大学生時代の桑田佳祐の思い出と桑田より少し年上の世代の様子を虚実綯交ぜにして描いたものになっている。少し上の世代は学生運動や憂国論議をしていたようだが、桑田は一切やらなかったという。歌詞にはピンク映画も登場するが、観に行ったことはあるがハシゴはしていないようだ。様々な人がいて、それぞれで盛り上がる酒場の様子が浮かんでくるような繊細な描写がされた詞世界となっている。その時代を生きていないのに、酒場の空気すら伝わってくるような感覚に襲われる。それは仲間に語りかけているかのような桑田佳祐のボーカルのおかげなのだろう。



「はっぴいえんど」は懐かしい雰囲気があるバラードナンバー。JTBの「旅を楽しむ大人の家族篇」のCMソングに起用された。タイトルは伝説のバンド・はっぴいえんどの名前をそのまま拝借したものだが、曲自体に繋がりはない。桑田はアレンジについてはエルトン・ジョンの「Your Song」をイメージしていたという。美しいエレピとストリングスが絡むイントロは流麗そのもの。
歌詞はメンバーへの想いや、桑田が食道癌を患って迷惑をかけてしまった時のお礼やお詫びの気持ちも入れられている。恋人たちが今までの暮らしに別れを告げて共に生きていくという意味の旅立ち」と、どちらかが先立ってしまうという意味の「旅立ち」のどちらも描かれているように感じる。幸せさもあるのだが、哀愁も漂っている。この曲のような「老い」を想起させる曲は今作に多く見られる。


「Missing Persons」はここまでの流れを変えるようなハードロックナンバー。歌っているかのように表情豊かなオルガンの音色と激しいギターサウンドが前面に出ている。ハードロックは決してサザンの王道ではないが、桑田佳祐はハードロックの影響も強く受けている。サウンドはハードロックそのものなのに、何故かポップで親しみやすい印象がある。これはサザンならではの芸当である。

歌詞は北朝鮮による日本人拉致問題がテーマとなっている。ラストには「Megumi」という名前が登場するが、これは拉致被害者の横田めぐみさんのこと。解決に向けての状況が中々進展しない様子や被害者家族の想いを描き、「ここからどうにもできないの?」という疑問と解決に向けて尽力する人々へのエールが込められた歌詞である。 桑田佳祐や被害者家族の解決を願う人々の心が叫ばれた曲だと言える。曲自体はサザンにとって久々のハードロックであり、好印象だった。



「ピースとハイライト」は先行シングル曲。メンバー全員が出演したフォルクスワーゲン『New Golf』のCMソングに起用された。曲名はタバコの銘柄。ピースは桑田佳祐の父親が吸っていたもの、ハイライトは桑田自身が吸っていたもの。それに「平和」と「もっと日の当たる場所」という意味を掛け合わせている。世間が思うサザンの楽曲像に応えたようなポップな。シンプルなバンドサウンドにホーンやキーボードが絡むサウンドはとても心地良い。
歌詞のテーマは「平和への願い」である。「国家同士がお互いの歴史や事情を理解し、知ることで助け合ってほしい」「争いが起こらないように仲良くしよう」というようなメッセージが込められている。それは極めて自然な願いであり、政治的な主張ではない。かつて紅白歌合戦でこの曲を披露した際に物議を醸したことがあったが、それは歌詞の一部だけを抜き出してこじつけたものだろう。まさに「都合のいい大義名分(かいしゃく)」と言える。フラットな視点でこの曲を聴くことをおすすめする。


「イヤな事だらけの世の中で」は演歌や歌謡曲のテイストを強く感じさせる曲。TBS系日曜劇場『流星ワゴン』の主題歌に起用された。シンセで表現された音が主体となったサウンドはあまり古めかしさが無いのに、それでも自分が生まれるよりも遠い昔の曲のように感じてしまう。
歌詞は女性目線で語られたものになっている。京都が舞台として描かれている。「鴨川(かわ)」「嵐山(やま)」といったフレーズが登場していることからもわかる。失恋した女性の情念が伝わってくるような生々しい詞世界となっている。「憎たらしいほど惚れさせて いつか地獄の底で待っている」という歌詞はそれが顕著。古き良き時代の音楽と最新のサウンドが一体となった不思議な曲である。



「天井棧敷の怪人」は怪しげな雰囲気漂う曲。NACK5「ファンキーフライデー」のエンディングテーマに起用された。歌謡曲とラテンのテイストを混ぜたような曲調は異質そのもの。サウンドはホーンとコンガが前面に出た賑やかなもの。野沢秀行による円熟味を帯びたコンガの音色は桑田佳祐が語っているように「世界で誰も真似が出来ない」ものである。
歌詞は「あまり素行のよろしくない座長」を主人公にしている。タイトルは寺山修司が主宰した劇団「天井桟敷」が元ネタ。歌詞には寺山修司の作品『毛皮のマリー』も登場するのだが、桑田は1970年代の演劇はあまり観なかったという。寺山修司の作品もテレビのドキュメントやビデオで観たくらいなので歌詞は想像によるものだという。楽しげな感じと怪しげな感じが同居した異様な曲なのだが、その雰囲気に何故か引き込まれてしまう。


「彼氏になりたくて」はメロウなバラードナンバー。1960年代〜70年代のアメリカンポップスをイメージして作ったという。シンセとストリングスやホーンが絡むサウンドはとても流麗である。歌詞は叶わない恋を描いたもの。主人公は桑田佳祐曰く「小柄な男で、二枚目と三枚目の中間ぐらいで、さほどモテるほうではない歌手」らしい。「Baby Baby」「シャボン玉みたいに」「映画のように口説きたくて」といったフレーズを始め、ロマンチックかつピュアなイメージの詞世界となっている。この曲のようなシンプルなラブソングは久し振りだと思う。 弱い男や情けない男を主人公としたラブソングはサザン及び桑田ソロのラブソングの王道だろう。



「東京VICTORY」は先行シングル曲。桑田佳祐が出演した三井住友銀行のCMソング、TBS系列「2014年 アジア大会&世界バレー」のテーマソングに起用された。高揚感溢れるポップロックナンバーである。サウンドは、メンバーの息遣いが感じられそうな程のバンドサウンドとキラキラしたシンセの音色で彩られている。アレンジの途中に松田弘はこの曲を「ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜だね!」と表現した。その言葉のおかげで歌詞の方向性が見えてきたという。
歌詞は2020年の東京オリンピックを意識しつつ、未来の日本への応援歌と取れるような内容となっている。「時を」「東京」をかけた桑田佳祐ならではの言葉遊びもある。タイトルの「VICTORY」「勝利」という意味と千駄ヶ谷にあるスタジオへの愛着を込めて 「ビクター」が掛けられているという。ポジティブなメッセージだけでなく、その対極にある東日本大震災という忘れてはならないものへの想いも描かれている。国民的バンド・サザンオールスターズとしての姿を感じさせる曲だと思う。


「ワイングラスに消えた恋」は原由子ボーカル曲。この曲も歌謡曲のテイストを感じさせる曲である。壮大なホーンやビブラフォンによるイントロからこの曲の世界に引き込まれてしまう。そこからはピアノやストリングスが主体となったサウンドになる。懐かしさと美しさを感じさせるサウンドである。
歌詞は「かつては全盛期にあった歌手」が主人公として描かれている。切ない恋心がテーマとなっている。歌詞もどことなくかつての歌謡曲を彷彿とさせる。雨が降っている夜の街でひとり佇む女性の姿が想像できる。原由子の情感のこもったボーカルがこの曲最大の聴きどころであり、魅力と言える。「歌心」に溢れたボーカルである。



「栄光の男」は先行シングル「ピースとハイライト」のC/W曲。三井住友銀行のCMソングに起用された。アコギやブルースハープがフィーチャーされた、ブルース色の強い曲である。その脇をシンセが固めており、サウンドは意外にも現代風。
歌詞はこの曲の制作中に松井秀喜と共に国民栄誉賞を受賞した長嶋茂雄をイメージしたもの。長嶋茂雄が引退したのは1974年。当時の桑田佳祐は大学生で、思い描いていたキャンパスライフと現実の間でモヤモヤした気持ちを抱えていたようだ。喫茶店に入って長嶋の引退試合を見ていると、長嶋茂雄と自らの人生の違いに「こんなはずじゃなかった」という思いで涙を零したという。歌詞には「永遠に不滅」というフレーズがあるが、長嶋が発言したのは正しくは 「永久に不滅」である。ディレクターも間違いを指摘したが、桑田はこの方が歌いやすいとそのままにしたようだ。

大人の男の哀愁を感じさせる詞世界がたまらない。「老い」を想起させる曲であり、今作の作風の象徴と言える。今作の収録曲の中では一番好き。
 

「平和の鐘が鳴る」は壮大なメッセージソング。NHKの放送90年イメージソングに起用された。3連符のロッカバラードナンバー。ピアノやストリングスが主体となった荘厳なサウンドが展開されている。歌詞はタイトル通り平和への願いが語られたものになっている。サビの「悲しみの青空」というフレーズが印象的だが、これは昔の東京の写真をカラーで復元するという番組の中で、1945年8月15日に撮影された写真がカラーで映し出されたことに影響されたという。玉音放送に涙を流す人々の頭上には真っ青な空が広がっていた。そこから思いついたようだ。歌詞は今の自分が生かされているということへの喜びや次の世代へのメッセージも込められている。「どうか平和であってほしい」と願いたくなる曲。戦後70年という節目の年に発表された作品に収録されているというのは何かの縁だろうか?



「天国オン・ザ・ビーチ」は先行シングル「東京VICTORY」のC/W曲。賑やかなポップナンバー。『笑点』のテーマソングを彷彿とさせる楽しげなメロディーが展開されている。ストリングスやホーン、ピアノが前面に出た軽やかなサウンドが心地良い。サビでは女性コーラスもかなり目立っている。歌詞は今作では唯一となるエロソング。平和への願いが語られた前の曲からの落差が凄まじい。最早潔いほどシンプルな下ネタであり、桑田佳祐本人でさえ歌入れの際に吹き出してしまったという。聴いているだけでこちらも恥ずかしくなってしまうくらい。しかし、サザンにはやはりエロソングは欠かせない。今作は「ポップス」というよりも「大衆音楽」を追求した作品と言えるので、この曲のような下品な要素も必要だと思う。下ネタはどの世代でも共通で楽しめるものだろう。


「道」はブリティッシュロックのテイストが強い曲。終始かき鳴らされるエレアコのストロークがこの曲のサウンドを牽引している。浮遊感のあるシンセの音もサウンドを飾っている。歌詞は「歌うたい」としての桑田佳祐自らの心情を述べた、内省的な雰囲気を持ったものである。「自分がライブで歌っている時の姿を想像した」とのこと。歌詞の中の「あなた」というのは誰なのだろうか。どんなに罵られても、大切な人にだけ捧げたい歌がある…という固い決意がうかがい知れるような詞世界となっている。桑田佳祐の決意表明とも取れる曲かもしれない。これからも「歌うたい」としてその才能を発揮し続けてほしいと思う。



「バラ色の人生」は爽やかなポップナンバー。若干ではあるがカントリーロックのテイストも含まれている。Aメロは字余り気味な歌詞になっている。その点はボブ・ディランからの影響を感じさせる。サウンドはキーボードが主体となっている。この曲も世間が思うサザンの曲と言った感じのサウンドだと思う。
歌詞はインターネットの普及やSNS疲れなどに対応できない人が描かれている。そこから飛躍して、SNSで満たす恋愛には「情熱(ハート)が燃えないな」と語っている。かつての不便さと現在の便利さを比較するような形で描かれたユニークな歌詞となっている。今の便利さを批判せずに認めつつも、昔のアナログなところも良いぞ!と若者に提案している感じは桑田佳祐ならでは。現実の世界と「架空の広場("SNS")」での繋がりのバランスを取って生活していきたいものである。



「蛍」は先行シングル「ピースとハイライト」のC/W曲。映画『永遠の0』の主題歌に起用された。流麗なバラードナンバー。ほぼピアノとストリングスのみの極めてシンプルなサウンドが展開されている。そのシンプルなサウンドはメロディーの美しさや桑田佳祐のボーカルの魅力を最大限に引き出している。歌詞は特攻隊をテーマにした映画の内容に寄り添ったものになっている。平和への祈りと共に、失った大切な人への想いが語られている。後者のテーマは病気や災害といった戦争以外のことで大切な人を亡くした方の心情にも重なると思う。サザンに夏をテーマにした曲は沢山あるが、「戦争」「お盆」のような日本人として忘れてはならない夏の光景を描いた曲はこの曲くらいだろう。この曲を聴く時はつい背筋が伸びてしまう。それだけ集中して聴くべき曲なのだと感じている。


比較的新しい作品だが、ヒット作なので中古屋ではよく見かける。これまでで度々書いてきたように、和の雰囲気や老いを感じさせる作品となっている。そして、メッセージ性の強い曲が多めである。これは年長者としての視点をイメージさせる。今までのメッセージソングよりも格段に言葉の力が増しているように感じる。
作品としては、歌謡曲のテイストが強いのでそれが苦手な方にはとことん取っつきにくい作品かもしれない。しかし、今作はメンバー全員が60歳前後である現在のサザンにしか表現できない境地だと思う。これまでのどの作品にも似ていない、サザンの新たな名盤が誕生したと言える。


★★★★★