小林武史
1988-11-21

↑ジャケ写が掲載されていなかったので。

【収録曲】
全曲作詞作曲編曲 小林武史
5.ストリングスアレンジ 小林武史&野見祐二
プロデュース        小林武史

1.Looking For America From The Kitchen ★★★★☆ 
2.ひまわり ★★★★★
3.His Crime ★★★★☆
4.何秒か前に ★★★★★
5.変わらぬ想い-Sail Away With You- ★★★☆☆
6.Curve ★★★★☆
7.SUBWAY ★★★★☆
8.Strange Times ★★★☆☆
9.水のパレード ★★☆☆☆
10.Silent Voice ★★★★☆

1988年11月21日発売
1995年6月21日再発
MIDI
最高位不明 売上不明

小林武史の1stアルバム。先行シングルは無し。

小林武史といえば、桑田佳祐ソロ、サザンオールスターズ、Mr.Children、My Little Lover、レミオロメンなど数多くのアーティストのプロデュースを担当し、現在も活躍している、日本を代表する音楽プロデューサーである。作曲家や編曲家としても数多くの楽曲に携わってきた。その名前や関わった作品は知っていても、小林武史がシンガーソングライターとして作品をリリースしていたことを知っている方は少ないかもしれない。今回紹介するのはシンガーソングライター・小林武史の1stアルバムである。

小林武史は20歳の頃にキーボーディストとして音楽業界に入った。1982年には杏里に提供した「思いきりアメリカン」がヒットし、作曲家として活動することとなった。25歳の頃にはギタリスト・大村憲司との出逢いをきっかけに、坂本龍一、井上陽水、高橋幸宏、大貫妙子といった錚々たるアーティストの楽曲やライブにキーボーディストとして参加するようになった。
1987年には桑田佳祐のソロ1stシングル「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」、2ndシングル「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)」のアレンジに参加、ソロ1stアルバム「Keisuke Kuwata」では全面的なプロデュースを手がけた。桑田佳祐との仕事は、小林が高く評価されるようになるきっかけとなった。

今作に至るまでの経歴は前述したような感じだが、何故小林武史がシンガーソングライターとしてデビューすることになったのか。きっかけは小林が当時楽曲制作に関わっていた大貫妙子からの勧めだった。小林が歌ったデモテープを聴いたことが始まりだったようだ。

シンガーソングライターとしての小林武史はわずか2年程度で活動を終えることになった。シングル2作、アルバムは今作を含めて2作。2008年にはソロ名義でアルバムをリリースしたが、そちらはインスト集。
何故シンガーソングライターとしての小林武史は短命に終わってしまったのか。
音楽業界でそれなりの実績があったものの、29歳でのデビューは遅すぎたと言える。しかも、プロモーションも殆どされなかったようなのであまり売れなかった。音楽性も新人とアピールするにはあまりにも落ち着き過ぎていた。「老成している」というフレーズがあっていると思う。裏方の方が合っているタイプの人間だったのかもしれない。
小林は後に「このころ、すでに女性ボーカルを探していたが見つからなかったので自分が歌ったが、難しかった」と語っている。シンガーソングライター・小林武史の姿は黒歴史扱いされていると言ってもいいような状況にある。


「Looking For America From The Kitchen」は今作のオープニング曲。オープニングを飾るには地味だと感じてしまうような淡々とした曲調が展開された曲。歌い出しで聴こえてくる小林武史の歌声には驚くだろう。低くダンディーな雰囲気のある歌声なのである。管理人は初めて聴いた時に笑ってしまったことを覚えている。サウンド面はシンセが主体となっており、その後ろをギターが固めている。ドラムは高橋幸宏が演奏している。歌詞は社会風刺的な内容。タイトル通りアメリカを始めとした「自由」を掲げた国の強さと脆さが描かれている。「ふと気づいたこの国は いつも誰かれの視線に怯えていることを 某国はダメだと言う 心の貧しさも掲げる」というフレーズは今でも通用すると思う。


「ひまわり」は渋みを持ったミディアムバラードナンバー。サウンドはシンセとギターのみで構成されている。浮遊感を感じさせる優しい音色のシンセと鋭く力強いギターとの対比がされたサウンドが展開されている。雰囲気が明るくなったり暗い感じになったりを繰り返すイントロが特徴的。広がりのあるサビのメロディーは絶品。歌詞は失われていくものへの後悔や未練がテーマ。「ひまわり」はそのようなものの象徴として描かれている。失恋ものバラードと解釈できるような切ない歌詞だと思う。「虹が空を分けて行くなら ずっと君のそばに居たかった」というフレーズが一番好き。そのような 切ない詞世界は小林武史のダンディーな歌声とぴったり合っている印象がある。思わず聴き惚れてしまうような良い声である。この曲はシンガーソングライター・小林武史の最高傑作だと思っている。


「His Crime」はストーリー性のある歌詞が特徴的な曲。曲調自体は少し地味な印象があるのだが、サウンドは明るい。今作の中では比較的明るい曲と言える。サウンドはシンセが主体となっている。生音はギターのみ。間奏での大村憲司による力強いギターソロは聴きどころの一つ。歌詞は男が見た夢の話という形で描かれている。小林武史は複雑な要素を持ったおとぎ話の影響を受けてこの曲を作ったようだ。確かに中々複雑なストーリーが展開されている印象がある。タイトルは「彼の罪」と言った感じだが、その罪とは何なのか。歌詞を見ているだけだととても罪のようには思えなかったのだが…聴き手に解釈を委ねる曲とはこのような曲のことだと思う。


「何秒か前に」は今作の中では数少ない爽やかなポップナンバー。今作はミディアムバラードが多く並んでいるので際立って明るい曲のように聴こえる。サウンドもバンドサウンドが主体となっているためだろう。コーラスには大貫妙子とEPOが参加しており、曲を美しく彩っている。二人のコーラスは聴き手を包み込むような優しさがある。後半に転調するが、それがとても印象的。渋みのある小林武史のボーカルとの対比がされている。歌詞はストレートなラブソング。「何秒か前に君が好きだと気づいた」と渋い歌声で堂々と歌い上げている。このストレート振りに引き込まれる。今作の中では最も一般受けするような曲だと思う。


「変わらぬ想い-Sail Away With You-」はしっとりとしたスローバラードナンバー。浮遊感のあるシンセが主体となっているが、ストリングスも前面に出ている。シンセで処理された音ではなく生音が使われており、ストリングスアレンジは野見祐二と共同で行われた。歌詞は恋人との別れが描かれている。今までは通い合っていた恋人との心がすれ違ってしまった。主人公の男性の後悔が語られている。それでも最後には前を向いていくことを誓っており、ポジティブな形で締められている。詞世界はどことなく後のMy Little Loverの楽曲を彷彿とさせる感じ。小林武史と女性ボーカルの相性の良さを実感させられる。


「Curve」は今作の中では比較的ロック色の強い曲。バンドサウンドが主体となっており、小林武史と縁があって参加したと思われる実力派ミュージシャンによる隙のない演奏を楽しめる。一部で使われるシンセもバンドサウンドを殺さない程度にしっかりと主張しており、生音とのバランスが取れている。歌詞はタイトル通り「カーブ」について描かれたもの。この曲で語られているカーブは、曲がるかどうか迷ってしまうような存在。人生のところどころにある悩みどころと言ったところか。「君」と出会うために軌道を変えることを選んだ男性が主人公となっている。 小林武史の哲学的な部分が現れた詞世界が展開されていると思う。


「SUBWAY」は「Curve」と同じくロック色の強めな曲。いぶし銀な雰囲気に溢れたバンドサウンドが前面に出ている。ダークな雰囲気も感じさせる曲調やサウンドが特徴的。後半になるとAORを想起させるような展開になる。歌詞はタイトル通り地下鉄が舞台となっている。しかし、何とも言えない切迫感が漂う歌詞となっている。行き先もなく何処かへと向かう地下鉄、「君」を探す主人公…「誰かに尋ねてみてもすべての関わりはもう残されてない」というフレーズは恐ろしささえ感じさせる。複雑なメロディーや演奏も相まって、とても謎めいたイメージの曲になっていると思う。


「Strange Times」はしっとりした雰囲気のあるミディアムバラードナンバー。森の中にいるかのような神秘的な感じのあるサウンドが展開されている。シンセによる木琴の音が要所で使われており、それが曲にそのような印象を与えているのかもしれない。後半からは突然ロック色の強いアレンジとなるが、それが大きなインパクトを与えている。歌詞はミステリアスな印象のものとなっている。「奇妙な時代」の中に飲み込まれていってしまう人間が描かれている感じ。何処かへと深く深く潜り込んでいくようなイメージの歌詞。「SUBWAY」もそうだが、かなり闇を感じさせる歌詞である。


「水のパレード」は2分半ほどの短めな曲。タイトル通り水中にいるかのような感覚に襲われるサウンドや曲調が展開されている。ほぼキーボードのみで構成されたサウンドは深遠な雰囲気を与えている。歌詞は雨が降っている大通りが舞台となっている。心理的に追い詰められると、全てが雨に流されればいい…などと考えてしまうことがあるかもしれないが、その心理が描かれている。タイトルこそ楽しげなイメージなのだが、歌詞はこれまた闇(病み)に満ちたものとなっている。2分半という小品だが、そうでなかったら重苦しくて聴くのが辛くなっていたと思う。


「Silent Voice」は今作のラストを飾る曲。ラストにふさわしい、美しいメロディーやサウンドがとても心地良いバラードナンバー。サウンドはほぼ全てシンセで構成されている。間奏のサックスソロは絶品。曲に荘厳な雰囲気を与えていると思う。歌詞は「Holy Night」というフレーズからクリスマスソングだと解釈している。しかし、それ以外はそう思わせるようなフレーズが無い。世界平和を祈るような形のクリスマスソングだろう。そのようなメッセージ性の強い歌詞を淡々と歌い上げている。この曲も小林武史のダンディーな歌声が映える曲だと思う。


あまり売れた作品ではないので中古屋では滅多に見かけない。もし見かけてもそれなりの値段で売られていることだろう。新人のシンガーソングライターの1stというにはあまりにも地味だと言いたくなるような曲が並んでいる。しかし、後にプロデューサーとして発揮することとなる卓越したメロディーセンスやアレンジ能力はこの頃から現れていた。シンプルなようでいて複雑に作り込まれていたり、少ない音の数でしっかりと聴かせたりと通好みな音作りがされている印象がある。楽曲の感想の前に行なった解説でも紹介した「このころから女性ボーカルを探していた」という旨の小林武史の発言があるが、確かに女性ボーカル向きなイメージの曲がある。後のMy Little Loverのような世界観を持った曲もあるのが特徴。
小林武史は自分が前面に出ない方がいいというプロデューサー気質の人間だったのかもしれない。全体的にマニアックな印象が強いため、熱心な小林武史のファンというような方でもない限りハマれないと思う。「小林武史にもシンガーソングライターだった時代があった」という話のネタにはなるだろう。
管理人は小林武史の歌声がとても好きなので他のアーティストのプロデュースに飽きたらまた自分で歌っていただきたいという想いが強い。今作を聴いたら共感していただける方が出てくると思っている。少なくとも黒歴史扱いするような作品ではない。中古屋で見たら是非とも救い出してほしい。

★★★★☆