docile
谷村有美
1992-12-12


【収録曲】
1.3.5.8.作詞 谷村有美
2.作詞 鮎川めぐみ
4.作詞 白峰美津子
6.作詞 一色そらん
7.作詞 神沢礼江
9.作詞 石川あゆ子
10.作詞 坂田和子
全曲作曲 谷村有美
10.作曲 崎谷健次郎
1.4.8.編曲 大村雅朗
2.3.9.編曲 清水信之
5.編曲 西脇辰弥
6.7.編曲 亀田誠治
10.編曲 崎谷健次郎 
プロデュース  春名源基・渡辺純一

1.ありふれた朝 ​★★★☆☆
2.いちばん大好きだった ​★★★★★
3.たいくつな午後 ★★★★★
4.空からの贈り物 ★★★★☆
5.猫になりたい ★★★★☆ 
6.この夜に ★★★☆☆
7.ほんとの私 ​★★★★☆
8.愛する勇気 ★★★★☆ 
9.フリージアと後悔 ​★★★★☆
10.ときめきをBelieve ★★★★★

1992年12月12日発売
Sony Records 
最高位9位 売上約15.8万枚

谷村有美の6thアルバム。先行シングル「ときめきをBelieve」「いちばん大好きだった」を収録。前作「愛は元気です。」からは、ベスト盤「with」やミニアルバム「White Songs」を挟んで約1年7ヶ月振りのリリースとなった。初回盤は三方背BOX入り仕様。

前作までは、多数の収録曲の作曲を外部が手がけていたものの、今作はほぼ全曲を谷村有美自身が作曲している。一方で、作詞は外部が手がけたものの方が多くなっている。ちなみに、次作以降は全曲の作詞作曲を谷村有美自身で手がけるようになる。
そのため、これまでの作品で確立された「B級アイドル」(アイドルなのか、シンガーソングライターなのかよくわからないポジション)としての谷村有美と、次作以降のアーティストとしての谷村有美の中間と言うべき作品である。

前作は西脇辰弥が全面的に編曲を手がけていたが、今作ではかなり出番が少なくなった。デビュー作「BELIEVE IN」に参加した大村雅朗が再び参加したほか、清水信之や亀田誠治、崎谷健次郎が初参加した。中でも清水信之とは相性が良かったのか、その後も多くの楽曲の編曲を担当することとなる。

今作のタイトルは「素直な」というような意味がある。外部が作詞した曲が多いのに、どことなく内省的な雰囲気がある。何も飾らない、自然体な谷村有美が現れていると言える。


「ありふれた朝」は今作のオープニング曲。打ち込みを多用した、どこかひんやりとした音作りが印象的な曲。当時としてはまだ定着していなかった、R&Bを彷彿とさせる部分がある。曲全体を通して派手に盛り上がるような部分は無いのだが、それでも聴いていて安心感がある。谷村有美の歌声や、メロディーによるものが大きいと言える。
歌詞は恋人と共に迎えた朝が描かれている。恋人はまだ眠っている。朝陽の輝きを想起させるような、優しく多幸感のある詞世界が展開されている。幸せを噛みしめるようなボーカルは、この曲の世界観を何よりも構成している。
オープニングというには少し地味な曲なのだが、作風にはよく合っていると思う。


「いちばん大好きだった」は先行シングル曲。TBS系報道番組『ブロードキャスター』のエンディングテーマに起用された。爽快感のあるメロディーが展開されたポップナンバー。歌い出しやサビはかなりキャッチーであり、一度聴けばしばらく忘れられないことだろう。シンセが曲の要所で効果的に用いられており、メロディーそのもののポップ性をさらに高める役割を果たしている。
歌詞はタイトルからも想像できるように、恋人と別れた後の女性の心情が描かれている。「ほんとに大好きだった いつでもすぐそばにいた」「あなたとずっと歩きたかった」といった歌詞からは、女性の未練がよく伝わってくる。円満な別れ方だったのだろうか?それにしても、メロディーやサウンドと歌詞のギャップが激しい。そのギャップのせいか、曲の切なさが強調されているように感じる。
メロディーがとにかく自分好みであり、谷村有美の楽曲の中でも特に好きな方に入ってくる。


「たいくつな午後」は流れを落ち着けるような、再びのミディアムナンバー。タイトルから想像できるような、どことなく気だるい雰囲気を持ったメロディーがこの曲の特徴。それでもキャッチーにまとめてしまうのは、優れたメロディーメーカーとしての面目躍如である。シンセを多用しつつも、骨太なベースも主張したサウンドにも聴きごたえがある。
歌詞はタイトル通り、予定や約束も無い休日の午後を過ごす女性を描いたもの。一人になることで、自分に素直になれる。「自分に素直になれ」というのはよく言われるが、実践しようとすると意外と難しいものだ。それがよく伝わってくる詞世界が印象的。
派手さは無いものの、不思議と引き込まれる曲である。ベスト盤に収録されたのも頷ける。


「空からの贈り物」は清涼感溢れるサウンドが魅力的なミディアムナンバー。シンセが主体となったサウンドなのだが、アコギも全面に出ている。全体的にはボサノヴァのテイストを感じさせるサウンドとなっている。淡々としたメロディーではあるが、サビになるとかなりキャッチーになる。変貌振りが見事。この曲での谷村有美の歌声は、タイトル通り空高くから届けられているかのように美しい。透き通るような歌声がたまらない。
歌詞は失恋したばかりの女性の心情を描いたもの。ただ、前の恋人のことはすっかり忘れて、次を期待する姿である。歌詞にも登場する「雨上がりの朝」のような清々しさがある。その清々しさを、聴いているこちらまで分けてもらったような気分になれる曲である。


「猫になりたい」は凝った音作りが印象的なポップナンバー。これまでのメインアレンジャーであった西脇辰弥は、今作ではこの曲のみの参加となった。フュージョンのテイストを持ったキーボードや、ギターのカッティングが冴え渡っている。谷村有美の楽曲といえば、この手のサウンド!というイメージが強い。一回聴いただけでも耳に残るようなサビが特徴。
歌詞は恋人に甘えたいと思っている女性の心が描かれたもの。「幸福(しあわせ)をためらわない 可愛い猫になりたい」というサビの歌詞は直球である。同性からはあざといと思われても、この手の女性に男性はいとも簡単に落ちてしまうものだ。この曲を聴くと、男性リスナーの心を掴むのが上手いと思ってしまう。谷村有美が本来望んだものだったかはわからないが。


「この夜に」はアコースティックなサウンドで聴かせるバラードナンバー。聴いていると眠くなってしまうくらいに心地良いメロディーが展開されている。必要最小限の音が一切の隙なく鳴らされている印象。生音を主体にしつつも、シンセを隠し味のように使う音作りは亀田誠治ならでは。米村裕美の作品でもそれが冴え渡っていた。
歌詞は甘ったるいと思ってしまうほどに甘い、恋人同士で過ごす夜が描かれている。外部が作詞しただけあって、どことなく官能的なイメージがある詞世界となった。谷村有美の歌声にかかれば、それすら嫌味なくサラッと聴けてしまう。歌声の魅力を知るのにはうってつけな曲である。


「ほんとの私」は爽快感のあるポップナンバー。ふとした時に思い出して、そのまま離れなくなりそうなくらいにキャッチーなメロディーが特徴。前の曲と同じく、亀田誠治が編曲を手がけた。こちらはシンセがかなり目立っており、音の数もかなり増えている。2曲だけの参加ながら、それぞれで対照的なアレンジを行なっている。亀田誠治の才能はこの頃から遺憾無く発揮されていたということの証左である。
歌詞は恋人に別れを切り出した女性の心情を描いたもの。「ほんとの私」を取り戻すために、相手と別れることを決めた。曲調とのギャップが激しい。谷村有美の人となりが想像できるような詞世界だと思う。シングルにしていても違和感の無いようなポップ性を持った曲である。


「愛する勇気」はしっとりとした曲調で聴かせるバラードナンバー。聴いていると安心できるような、優しいメロディーが心地良い。温かみと切なさの両方を併せ持った、独特なシンセの音色が印象的。シンセを含めても少ない音の数ながら、全ての音に一切の無駄がない。大村雅朗ならではの音作りには脱帽である。
歌詞はメッセージ性の強いもの。悲しみに沈んだ時には、自分に問いかける。歌詞の全編を紹介してもいいくらいなのだが、特に好きなのは「だめな自分を そんなに責めないで」という歌詞。谷村有美の透明感のある歌声は、歌詞の一言一言に確かな訴求力を与えている。
愛すること以外にも「勇気」が必要とされることはあると思うが、そうした場合にもこの曲は有効である。


「フリージアと後悔」は切なさの漂うミディアムナンバー。タイトルだけ見て、かなりしっとりとしたバラードかと思ってしまった。しかし、それは違った。サビはかなりキャッチーな上に、キラキラしたシンセの音色が効果的に使われ、ポップな味付けがされたサウンドが展開されている。随所にホーンも使われているのも、ポップ性を引き立てている。
歌詞は「あなた」の好きな人に出逢ってしまった女性の心情が描かれている。主人公と「あなた」は既に付き合っているのか、片想いなのか。どちらなのか明確には描写されていないが、どちらにせよ切ない詞世界なのは変わらない。このような曲のとき、谷村有美の可愛らしい歌声は憂いを帯びたものに変わる。隠れた名バラードと言いたい立ち位置の曲。


「ときめきをBelieve」は今作のラストを飾る先行シングル曲。TBS系番組『世界ふしぎ発見!』のエンディングテーマに起用されたほか、別バージョンがアニメ映画『アルスラーン戦記2』のエンディングテーマに起用された。
今作の中でも唯一の、谷村有美が作詞作曲のいずれにも関与していない曲。作曲・編曲を担当した崎谷健次郎は、コーラスでも独特の存在感を発揮している。美しくポップなメロディーが心地良い曲。きらめきを感じさせるシンセの音色が力強く主張したサウンドは崎谷健次郎ならでは。
歌詞は失恋した後の女性の心情が描かれている。それでも、ポジティブな詞世界となっている。「思い出を振り向くよりも 新しい私が好き」という歌詞はそれが顕著に現れている。今作の中でも少々異色な雰囲気を持った曲なのだが、そのような詞世界のためか、ラストというポジションが似合っている。


そこそこ売れた作品なので、中古屋ではよく見かける。
作風自体はこれまでとそれほど変わっていないものの、編曲家をバランス良く使い分けているので、それぞれの音作りの違いを楽しみながら聴けると思う。
「B級アイドル」としての谷村有美を楽しめるのは、今作が最後という印象が強い。次作以降は自ら作詞作曲を手がけるようになるので、アーティスティックな方向に向かっていくこととなる。楽曲のテーマも、よりリアリティに溢れたラブソングが主体となる。個人的には、今作までの「B級アイドル」路線の谷村有美が好きである。

​★★★★☆