有賀啓雄
1993-07-01


【収録曲】
全曲作詞作曲編曲 有賀啓雄
プロデュース         有賀啓雄

1.好きになりたい ★★★★☆ 
2.そして夏が始まる ​★★★★☆
3.渋滞 ★★★★☆
4.Diary ★★★★☆ 
5.君と来ればよかった ★★★☆☆ 
6.雨が降るかもしれない ★★★★★
7.Wednesday ​★★★☆☆
8.君の悲しみを聞かせてよ ★★★★★
9.A.M.1:05 ★★★☆☆

1993年7月1日発売
ファンハウス
最高位不明 売上不明

有賀啓雄の3rdアルバム。先行シングル「君の悲しみを聞かせてよ」「好きになりたい」を収録。前作「umbrella」からは1年1ヶ月振りのリリースとなった。

有賀啓雄は数々の著名なミュージシャンの作品やライブに参加する、国内屈指の実力派ベーシストである。ベーシストとしてだけでなく、作編曲家やプロデューサーとしてもその才能を発揮している。その名前こそそれほど知られていないとは思うが、80年代や90年代の邦楽作品のクレジットを見るとかなりの頻度で参加していることだろう。

今では休止しているが、有賀啓雄はシンガーソングライターとしても活動していた。シンガーソングライター・有賀啓雄を一言で表すなら「雨男」である。有賀自身が雨の日が好きなようで、「雨」「傘」といったフレーズが登場する曲がかなり多い。今作でも実に9曲中6曲で「雨」のフレーズが登場する。
しかし、そのようなフレーズから想像されるじめじめしたイメージは全く無く、むしろ爽やか。それは有賀の独特な歌声、優れた作編曲の実力によるものと言える。雨の日が楽しみになるような曲ばかり。

また、ベーシストのソロアルバムということでその演奏力を誇示するような曲が多いかと思いきや、決してそのようなことは無い。他の音としっかり共存した、上質なアレンジがされたポップスを楽しめる。


「好きになりたい」は先行シングル曲。爽やかなポップナンバー。サビは一度聴けば中々耳を離れなくなってしまうことだろう。全体としてはそれほど派手に盛り上がる部分は無いが、それでも確実に聴かせる。軽快かつテクニカルなバンドサウンドが展開されており、メロディーそのもののポップ性を高めている。サウンドを引き立てるようなシンセの使い方も見事。編曲家として活躍するだけの実力が発揮されている。
歌詞は好きな人に素直になれない男性の心情を描いたもの。「誰よりも気になっているのに強がって逆に伝えてしまう」という歌詞が顕著だが、思春期のようなイメージのある詞世界。好きな人に会いに行く手段が自転車というのもそう思わせる。
「Innocent Days」と銘打たれた今作のオープニングにふさわしい世界観を持った曲だと思う。


「そして夏が始まる」は開放感のあるミディアムナンバー。サビのメロディーは歌詞とぴったり合っている印象があり、聴いていてとても心地良い上にしっかり耳に残る。安定感のあるバンドサウンドと、その後ろで軽やかな音色を聴かせてくれるピアノの絡みが素晴らしい。
この曲では「雨」のフレーズは一切登場せず、タイトル通り夏の始まりが描かれている。有賀はこの曲ができた時に「雨が降らなくても、曲が書けた!」と喜んだとか。
しかし「君のいない八月」というサビのフレーズは曲に陰を落とす。「君」がいなくなったことへの喪失感や後悔が伝わってくる詞世界であり、メロディーやサウンドの爽やかさとのギャップが印象的。


「渋滞」は先行シングル「好きになりたい」のC/W曲。AOR色の強いバラードナンバー。今作の中で聴いていると、この曲で流れが一旦落ち着くのがわかるはず。叙情的で美しいメロディーには引き込まれるのみ。サウンドはピアノが主体で、厳かな雰囲気のあるもの。この曲のみドラムは江口信夫が演奏しており、江口独特の力強いドラミングでサウンドの根幹を成している。
歌詞はドライブデートに出かけたカップルが描かれている。ただ「最後のデートになったこと」「すべて終わったはずなのに今もさよならへ進めない」などと関係は冷めていることがよくわかる。終始もどかしく気まずい光景が浮かんでくる歌詞である。王道ポップス寄りな今作としては数少ないAOR色の強い曲であり、今作の中では異彩を放っている。


「Diary」は前の曲と同じく、流れを落ち着けるミディアムナンバー。どこか懐かしい雰囲気のあるメロディーが展開されている。サビになっても大幅に盛り上がるわけでもないが、それでも確かにキャッチー。有賀啓雄のメロディーセンスの現れと言っていいだろう。ピアノが主体となったポップなサウンドはメロディーの魅力をより引き出している。
歌詞は少年時代の思い出を振り返ったようなイメージ。「どうしても自分に素直に生きたい みんなに迷惑かけるとしても」という歌詞が特に印象に残る。主人公と周囲の人間で描く未来が違っていたのだろう。大人から見れば、主人公は道を外れたと思うはず。全体を通して内省的な詞世界なので、有賀自身の体験を基に作詞されたのかもしれない。メロディーやサウンドだけでなく、歌詞も味わい深い曲である。


「君と来ればよかった」はしっとりとした曲調で聴かせるバラードナンバー。ボサノバを想起させる曲調が印象的。ピアノやアコギをフィーチャーしたアレンジとなっており、前述した曲調も相まって、聴き流しているととても心地良い。有賀啓雄のボーカルも他の曲よりも色気がある感じで、曲調やサウンドに合っている印象がある。
歌詞は恋人と喧嘩し、一人でドライブに出かけた男性を描いたもの。様々な素敵な光景を目にして「君と来ればよかった」と呟く。夜の高速道路の光景が浮かんでくるようなフレーズが多く登場するが、ギラギラした雰囲気は全く感じさせず、ロマンティックな雰囲気に包まれている。そのような詞世界は有賀啓雄の楽曲の魅力の一つである。


「雨が降るかもしれない」はここまでの流れを変えるような、爽やかなポップナンバー。一度聴けばすぐに心を掴まれるような、キャッチー性を極めたサビは絶品。シンプルなバンドサウンドを基調としつつも、ピアノが前面に出た清涼感のあるサウンドは曲をさらにポップなものに仕上げてくれる。
歌詞は「あいつと君と僕」の三角関係を描いたもの。「奪われるかもしれない」「どうしてみんな恋をしてしまうの」などと「僕」が悲観する歌詞となっている。恐らく、この曲での「雨」は三人の関係に暗雲が立ち込める様を表しているのだろう。ポップなメロディーやサウンドと歌詞のギャップが凄まじいが、聴き流しているだけだとそれに気づかないほどである。歌詞はさておき、メロディーやサウンドが好みなので今作のアルバム曲の中でも特に好きな方に入る。


「Wednesday」は先行シングル「君の悲しみを聞かせてよ」のC/W曲。前の曲でポップな流れになるかと思いきや、再びのバラードナンバー。繊細さに満ちた美しいメロディーは、何かのついでで聴いていても引き込まれてしまう。全編を通してほぼピアノ一本という、荘厳な雰囲気さえ感じさせるほどに静謐なサウンドで聞かせる。後半にはストリングスも入って、さらに静かに盛り上がる。
歌詞は失恋した心の傷を癒すために水族館に行った男性が描かれている。歌詞を見ている限りだと、タイトルはただ単に「水曜日」を意味するわけではないように思う。水族館にいる何かしらの生き物に対して「Wednesday」と名前をつけて鑑賞しているのではないか。
聴いているこちらまで苦しくなるようなバラードだが、それだけの訴求力を持った曲ということの証でもある。


「君の悲しみを聞かせてよ」は先行シングル曲。上質な音作りが心地良いポップナンバー。このメロディーにはこの歌詞以外ありえない!と思うほどにメロディーと歌詞がぴったり合っており、聴いているとそれがたまらなく心地良い。シンプルなバンドサウンドに加え、ピアノやストリングスで軽快に盛り上げられている。
歌詞は恋人と海に出かけた男性を描いたもの。ただ、幸せな雰囲気は感じられない。それどころか、恋人といるのに孤独な感覚すらある。恋人は何か悩みを抱えているのだろう。だからこそ「君の悲しみを聞かせてよ」と言う。優しく誠実なイメージの歌詞であり、まさに90年代の男性シンガーソングライターといった感じ。
これまでになくヒットを狙ったような曲になっているが、それでも違和感は無い。


「A.M.1:05」は今作のラストを飾る曲。遊び心に満ちたミディアムナンバー。楽器はエレピのみで、あとは手拍子や足踏みで構成されたサウンド。コーラス隊によるコーラスもフィーチャーされており、レコーディングしたスタジオの空気感すら伝わってくるような臨場感のあるサウンドとなっている。
歌詞は忙しい日々の中でも自分のことを支えてくれる人々への感謝が綴られたもの。人の温かみを教えてくれるようなサウンドと相まって、とても優しく愛に溢れた歌詞になっていると思う。このような曲がシンガーソングライター・有賀啓雄のラストソングとなったというのも不思議な縁を感じさせる。


有賀啓雄のオリジナルアルバムは3作のみだが、近年はシティポップの名盤として再評価されているようで、それなりの価格で出回っていることが多い。今作はラストアルバムなのだが、これまでの2作よりも王道ポップスに寄った作風。サウンド面は変われど、ポップかつ叙情的なメロディーや作り込まれたアレンジは何ら変わっていない。
また、今作はこれまでの作品よりもボーカルが上達している印象がある。1stアルバムの収録曲と聴き比べるとわかるはず。その点も含めて、シンガーソングライターとしてどんどん成長していったと思うが、リリースが今作で止まってしまったのが残念。

​★★★★☆