【収録曲】
1.2.8.作詞 田口俊
3.6.作詞 麻生圭子
4.5.9.作詞 売野雅勇
7.作詞 康珍化
10.作詞 菊池桃子・藤田浩一
1.4.5.7.9.10.作曲 和泉常寛
2.作曲 松浦義和
3.8.作曲 新川博
6.作曲 杉山清貴
全曲編曲 新川博
2.編曲 松浦義和
プロデュース 藤田浩一

1.Rainy Night Lady ★★★★★ 
2.Carnaval ★★★★☆
3.夏と秋のGood-Luck ​★★★★★
4.Two Years After ​★★★☆☆
5.少年は天使を殺す ★★★★★
6.One And Only ​★★★★☆
7.Tokyo野蛮人 ​★★★★☆
8.片想い同盟 ★★★★☆
9.Late Night Heartache ★★★☆☆
10.Love Talk ★★★☆☆

1988年9月14日発売
VAP
最高位5位 売上3.2万枚

ラ・ムーの1stアルバム。先行シングル「少年は天使を殺す」「Tokyo野蛮人」を収録。デビューシングル「愛は心の仕事です」は未収録。

ラ・ムーのボーカルであった菊池桃子は1984年にアイドル歌手としてデビューした。そして、1985年にリリースした「卒業-GRADUATION-」から1987年の「アイドルを探せ」まで、シングル曲が7作連続でチャート1位を獲得し絶頂を極めた。しかし、1987年後半頃から売上に少し陰りが見え始めた。それを悟ったのか、菊池桃子は1988年2月17日にアイドル史に残る宣言をする。「ラ・ムーというロックバンドを結成し、そのボーカルとして活動する」という旨の宣言。恐らく、路線転換をすることで復活しようと思っていたのだろう。

ラ・ムーは今作リリース時点では5人組だった。ボーカルの菊池桃子、キーボードでリーダーの松浦義和、ドラムの中西望、コーラスのロザリン・キールとダリル・ホールデン。菊池と二人の女性コーラスの掛け合いも聴きどころ。なお、ラ・ムーはデビュー当初は物珍しさから注目されたが、それ以降は売上の面でもソロ時代を超えられず。1989年には自然消滅的に解散した。菊池が事務所を移籍して女優に専念したこと、女性コーラスのどちらかがアメリカに帰国してしまったことが理由として挙げられることが多い。

ラ・ムーはロックバンドを標榜していたが、実際のところはソウルやファンク、AOR色の強い曲が多かった。また、菊池桃子のボーカルもアイドルとしての歌い方そのまま。ふんわりとした可愛らしい歌声と、バキバキした感触のサウンドとの不思議な組み合わせがラ・ムーの魅力と言えるだろう。


「Rainy Night Lady」は今作のオープニング曲。シティポップ色の強いミディアムナンバー。流れるようなメロディーが展開されているが、サビはしっかりと耳に残る仕上がり。曲の随所に挟まれるシンセやホーンの音使いが見事で、それが曲の聴き心地の良さにつながっていると言えるだろう。硬質なリズムが淡々と刻まれており、それが曲に力強さを与えている。
歌詞はクールな女性像が浮かぶもの。恋が終わり、また一人の日々が始まる。それすら前向きに捉え、過ごしていくような強さをイメージできる詞世界となっている。また、雨の日の夜を舞台にしつつ、過ぎ去った夏を想起させる詞世界もこの曲の特色。リゾートミュージックのテイストも感じさせるのは、そのような歌詞や清涼感のある菊池桃子の歌声のおかげだろう。オープニングにふさわしく、ラ・ムーの楽曲の魅力を提示するような曲だと思う。


「Carnaval」は前の曲から一転してポップ性の強いもの。今作では唯一松浦義和が作編曲を担当している。この曲に関しては、サビ以上にAメロがキャッチーな印象がある。また、曲中では特に女性コーラスが存在感を発揮しており、サビでは日本語によるコーラスまで披露している。いや、リードボーカルと言った方が合っているか。サウンド面はシンセが多用された、派手で力強いもの。一打一打がやたらと力強いドラミングもインパクト抜群。
歌詞は異国情緒あふれる仕上がり。この曲で描かれた異国は明言されていないが、自分は中東諸国をイメージしている。その国の乾いた空気さえ伝わってきそうな歌詞となっており、もはや神秘的な雰囲気すらある。
松浦義和も優れた作編曲の実力を持っていたことがよくわかる曲である。もっと楽曲提供があってもよかったのではと思う。


「夏と秋のGood-Luck」はAOR色の強いミディアムナンバー。美しいながらも、どこか気だるい雰囲気を感じさせるメロディーが展開されている。それはサビになっても変わらない。キレの良いギターのカッティングやホーンがフィーチャーされた派手なサウンドに仕上がっているが、落ち着いたメロディーやボーカルとぴったり合っている。
歌詞はタイトルからも何となく想像できるかもしれないが、恋の終わりを描いたもの。相手が別の女性と仲良くする姿を見て、主人公の女性から恋人に別れを告げたようだ。全体を通して切なさに満ちた詞世界となっており、曲調に似合っていると思う。
メロディーやサウンドが自分好みそのものであり、今作の収録曲の中では一番好きな方に入ってくる。


「Two Years After」は前の曲と同じく、しっとりとしたバラードナンバー。繊細さを感じさせる落ち着いたメロディーには聴き惚れてしまうこと請け合い。ある程度キャッチーに仕上げつつも、さらに切なさを高めてくるサビも聴きどころ。サウンド面については、ここまでの曲に比べて音の数が少なくなっている印象。ハーモニカやひんやりしたシンセの音色が、メロディーと相まって心に沁みてくる。
歌詞は「過ぎた日の片想い」を描いたもの。「ラグビーのジャージ」「ゼッケン」「競技場の時計」といったフレーズから、その相手は大学のラグビー選手であったことがわかる。この手の詞世界は松任谷由実の「ノーサイド」にも通じるものがあるが、そちらとも負けず劣らずの切なさがある。


「少年は天使を殺す」は先行シングル曲。ここまでの流れから一転し、やたらとテンションの高いコーラスが冴え渡るファンクナンバー。そのコーラスはイントロから凄まじい存在感を放ち、曲を盛り上げる。硬質なリズムにギターのカッティングやホーンが絡み、相当にファンキーなサウンドが展開されている。それだけ聞くとマニアックになっていそうなものだが、メロディー自体はキャッチーそのもの。味付けのバランスが見事。
不穏なタイトルがインパクト抜群だが、歌詞はよくわからない。男性に心を傷付けられる女性を「天使」に例え、慰めている…と思っているのだが、実際のところはどうなのだろう。ただ、コーラスやサウンドがかなり盛り上がっている中でもいつも通りに歌い続ける菊池桃子が印象的なのは事実。ラ・ムーの王道にして、トップクラスの完成度を誇る曲と言える。


「One And Only」はシティポップ色の強いポップナンバー。菊池と同じトライアングル・プロダクションに在籍していた杉山清貴が作曲を担当した。ヒットメーカーだけあって、サビはシングル曲かと思ってしまうほどにキャッチーに仕上げられた。デジタルな質感を前面に出しつつ、重厚なギターやベース、ホーンといった上質な生音も堪能できる。ラ・ムーの楽曲のサウンド面の大きな特徴と言えるが、この曲ではそれが顕著。
歌詞は「都会(まち)」に出て奮闘する人への応援歌…と解釈している。都会に出ることが光と陰の両面から描かれている。「One and Only キミは違う」「ゼロからやり直せる終わらない夏」といったフレーズが優しく響く。
今作の中でも最も派手な曲の次ということでどうにも地味になっている印象が否めないが、この曲もかなり好き。


「Tokyo野蛮人」は先行シングル曲。「少年は天使を殺す」ほどではないが、この曲もかなり派手なファンクナンバーである。デジタルサウンドとパワフルな生音を両立させ、当時の日本の音楽界では異色だったブラコン色の強いサウンドを実現させた。ただ、シングル曲だけあって耳馴染みの良いメロディーは一貫している。特にサビは一度聴けば中々離れることはないだろう。
歌詞はよく意味がわからない。康珍化は80年代を代表する作詞家の一人だと思っているのだが、数多くある仕事の中でも特にぶっ飛んだ詞世界ではないか。とりあえず、サビで登場する「キュッキュッ」のフレーズがインパクト抜群。考えようとすればするほど遠ざかっていくような、そもそも考えることすら愚かではないかと思わされるような歌詞だ。この曲をシングル曲に据えたのは挑戦的だったと言える。


「片想い同盟」は先行シングル「少年は天使を殺す」のB面曲。ここまでの流れと同じく、ギターのカッティングやスラップベースを始めとしたファンキーなサウンドが展開されているが、それ以上に王道ポップなメロディーが印象に残る。キャッチーなのはもちろんのこと、他の曲にはあまり無かった優しさや温かみも感じさせるメロディーである。また、女性コーラスもこの曲では聴き手に寄り添うような歌声で曲の魅力を引き立ててくれる。
歌詞はタイトル通り、片想いしている人同士で話し合ったり、励まし合っているイメージがあるもの。「あなたは自由よ」「恋は気まぐれなものよ ねぇ笑って」という歌詞が優しく沁みる。シングルの流れで聴くと、A面で傷ついた人をB面で慰めているような感覚すらある。地味と言ったらそれまでだが、渋い佇まいのある曲だと思う。


「Late Night Heartache」はこれまでの流れと同じく、キレの良いファンクナンバー。サビまでは淡々としたメロディーだが、英語詞が多めのサビで一転して極めて耳に残りやすいメロディーをぶつけてくる。サウンド面では、他の曲よりもデジタルな味付けが強くなっている印象。硬質なドラムや当時特有のシンセの音色を響かせつつ、ギターのカッティングも主張する。
歌詞はタイトルからもわかるように、失恋をテーマにしたもの。星を想起させるフレーズが多く登場し、幻想的な雰囲気も漂わせるが、全体としては切なさのある詞世界となっている。
ここまで来てしまうと、似たような路線の曲が揃ってしまった感じ。一曲単位では好きなのだが、今作の中では埋もれてしまっている印象が否めない。


「Love Talk」は今作のラストを飾る曲。「少年は天使を殺す」からはファンキーな曲がずっと並んできたが、この曲はぐっと落ち着いたバラードナンバー。メロウな雰囲気に溢れた、叙情的なメロディーが心に沁み渡る。音の数も少なくなり、可愛らしさと艶を併せ持った菊池桃子の歌声を聴かせるイメージ。その中でも渋い音色でサウンドに彩りを添えるギターサウンドが味わい深い。
作詞では共作という形で菊池桃子も参加した。菊池なりの恋愛観とでも言うのか、メッセージ性の強い言葉が並んだ詞世界となっている。「女の娘(こ)の願いは 一人の恋人(ひと)から 好きと言われたいの 嵐のように」という歌詞は考えがうかがい知れる。
ここまでファンキーな路線できたなら、最後もファンキーにしてほしかったという感はある。アルバムの中盤くらいが適任だろうか?


あまり売れた作品ではないので、中古屋ではたまに見かける程度。それなりの価格で出回っていると思われる。
ラ・ムーは菊池桃子の黒歴史というような扱い方をされがちで、ネタ的な視点で語られることが多いと思う。そのため、楽曲に関しては中々再考されることが無い印象。ただ、リリースから30年が経った今になって聴くと、あまりにも早過ぎた存在であったことがわかる。今ではブラックミュージックを取り入れたアイドルポップスを展開したグループもあり、違和感無く聴けることだろう。ラ・ムーは30年早かった。
今作についてはどの曲も安定してキャッチーであり、コーラスを含めたサウンド面もかなりの聴きごたえがある。生音ももちろんのこと、シンセによる音作りも面白みがある。時代性を感じさせる部分はあれど、それも今作においては魅力と化す。この時代にしか作れなかった名盤だと思う。
この時代の作品は、リマスターされるとさらに聴きごたえが増す。今年はアナログ盤という形でリマスター再発されたものの、数量限定という状況。CDでの安定した形での再発を望む。できればアルバム未収録曲も含めて。

​★★★★★