POCKET MUSIC
山下達郎
1999-06-02


ポケット・ミュージック
山下達郎
1991-11-10


POCKET MUSIC
山下達郎 ヤマシタタツロウ(CDオリジナル盤?)


【収録曲】
全曲作詞作曲編曲 山下達郎
3.9.作詞 ALAN O’DAY
7.作詞 康珍化
プロデュース        山下達郎

1.土曜日の恋人 ★★★★☆
2.ポケット・ミュージック ★★★★☆
3.MERMAID ★★★★☆
4.十字路 ★★★☆☆
5.メロディー、君の為に ★★★★★
6.THE WAR SONG ​★★★★★
7.シャンプー ★★★☆☆
8.ムーンライト ★★★☆☆
9.LADY BLUE ​★★★☆☆
10.風の回廊(コリドー) ​★★★★☆
↓1991年盤・1999年盤のみ収録のボーナストラック
11.MY BABY QUEEN ★★★★☆

1986年4月23日発売(LP,CT)
1986年5月10日発売(CD)
1991年11月10日再発(CD・リミックス)
1999年6月2日再発(1991年盤の再発)
MOON/ALFA MOON(オリジナル盤)
MOON/MMG(1991年盤)
MOON/WARNER(1999年盤)
最高位1位 売上27.4万枚(LP)
最高位1位 売上15.0万本(CT)
最高位1位 売上11.7万枚(CDオリジナル盤)

山下達郎の8thアルバム。先行シングル「風の回廊(コリドー)」「土曜日の恋人」を収録。前作サウンドトラックの「BIG WAVE」からは1年10ヶ月振り、「MELODIES」からは2年10ヶ月振りのリリースとなった。

今作は山下達郎の作品の中で初めてデジタルレコーディングが行われた。レコーディング環境がアナログからデジタルに移り変わっていき、山下も方向転換を余儀なくされる。当初はデジタルへの移行を諦めていたが、音楽業界が大幅にデジタルに移行したことを受け、デジタルを取り入れることを決意したという。
機材も次々と変わっていき、その度に試行錯誤を重ねたようだ。元々は1985年のリリースを目指していたが、そうした試行錯誤を繰り返したため制作が難航し、その翌年のリリースとなった。

山下は今作を「試作品」と称した。デジタルレコーディングの環境と自らの本来の音楽の間で違和感を覚えたようだ。それは次作「僕の中の少年」で解消されたが、それまでは苦戦を強いられることとなる。そもそも、デジタルレコーディングが行われるようになった当初に成功していた音楽はヒップホップやScritti Polittiに代表されるシンセポップであり、それらは山下の音楽性とは大きく異なる。それらを取り入れたにしろ、最初からそうした音楽をやってきたミュージシャンには敵わないと考えたという。そして、アナログとデジタルを融合させた音楽を目指した。


「土曜日の恋人」は今作のオープニングを飾る先行シングル曲。フジテレビ系番組『オレたちひょうきん族』のエンディングテーマに起用された。なお、オリジナル盤はシングルバージョンとは別のミックスで収録されている。高揚感に満ちたポップナンバー。オールディーズからの影響を感じさせるメロディーやサウンドが展開されている。バンドサウンドに加えてグロッケンやハープが多用されており、それがサウンドに煌めきを与えている。
歌詞はタイトル通り土曜日の夜を描いたもの。雨の降る街が舞台となっているが、それでもネガティブにはなっていない。「ネオン色のレインコート」というフレーズは雨でさえも前向きに捉えているように感じられる。
シングルはそこまで売れてはいないが、人気番組のエンディングだったこともあり世代の方からはかなり知名度が高い曲だろう。


「ポケット・ミュージック」は今作のタイトル曲。しっとりとした曲調で聴かせるバラードナンバー。どんどん奥深くに潜り込んでいくようなイメージの曲調だが、こうした深遠さも山下達郎の楽曲の魅力の一つ。ゆったりと刻まれるギターのカッティングが心地良い。間奏ではジョン・ファディスによるフリューゲルホルンのソロがあり、その音色で曲の美しさを引き立てている。
歌詞は山下達郎の音楽への想いが伝わってくるようなイメージがある。リリース当時はWALKMANが普及し、「ポケットの中に音楽がある」状態が定着してきた頃。そうした時代ならではの描写がされていると思う。「I CAN HEAR THE MUSIC,SENTIMENTAL MUSIC」というラストのフレーズは不思議と多幸感に溢れている。
地味と言ってしまったらそれまでだが、タイトル曲らしい風格を持った曲だと思う。


「MERMAID」は先行シングル「土曜日の恋人」のB面曲。温かみのあるミディアムナンバー。サビまでは淡々と進んでいくが、サビはかなりキャッチー。曲自体は1979年頃に出来ていたというが、思い通りのベースのパターンができずに苦戦し、1985年にコンピュータを使ってやっと完成したという。キレの良いギターのカッティングはファンキーそのもの。
歌詞は全編英語詞によるもの。当初は自身で日本語詞を書くつもりだったが、詞の内容がサビに合わずにそのまま収録するに至ったという。好きな人の自分に対しての想いが気になっている男性を描いたものだと解釈しているが、実際のところはどうなのか。
一曲単位だと地味だと思ってしまうものの、アルバムの中ではしっかり溶け込んでいる。良くも悪くもB面曲らしさのある曲である。


「十字路」はここまでの流れをさらに落ち着けるバラードナンバー。どこがサビなのかは分かりにくいが、それでも美しいメロディーが展開されている。竹内まりやとのデュエットがある部分があり、夫婦らしく息の合ったボーカルを聴かせてくれる。この曲の聴きどころはデュエットと充実したコーラスワーク。それは山下達郎の曲では当たり前となっているが、この曲は特に分厚いコーラスワークを楽しめる曲だと思う。
歌詞は恋人に別れを告げられた主人公の心情が描かれたもの。恋人には別の男性がいたようで、それを雨の降る十字路で呆然と立ち尽くしながら見ている主人公の様子が浮かんでくる。
同じように雨が降るが、幸せな雰囲気の詞世界となった「土曜日の恋人」と比較するとあまりにも切ない曲である。


「メロディー、君の為に」はここまでの流れを変えるようなポップナンバー。一度聴けばしっかり耳に馴染むくらい親しみやすいメロディーは見事。伊藤広規によるベースがフィーチャーされたイントロからこの曲に引き込まれてしまう。ベースは終始曲の前面に出て目立っているが、聴きごたえのある名演である。曲中に挟まれるグロッケンやサックスの使い方はいかにも山下達郎らしさを感じさせるもので、曲を鮮やかに彩っている。
歌詞は山下なりの音楽(メロディー)に対する姿勢が伺えるもの。タイトルからも察しがつくようにラブソングの体裁を取りながらも、そうした内省的な部分が反映されている印象がある。ポップ性とサウンド面の充実感がたまらない。今作のアルバム曲の中でもかなり好きな方に入ってくる。


「THE WAR SONG」はB面のオープニングを飾る壮大なメッセージソング。当時首相だった中曽根康弘の「不沈空母」発言をきっかけとして作られたという。一度聴けば心を掴まれる、確かな強さとキャッチーさを併せ持ったメロディーが素晴らしい。ギターのカッティングや重厚なベース、力強いドラミングという盤石のバンドサウンドもいつもに増して聴きごたえがある。大村憲司による間奏のギターソロも必聴である。
歌詞は反戦のメッセージが綴られたもの。「誰一人知らぬ間に 鋼鉄の巨人が目覚め 老人は冬を呼ぶ キャタピラの音が轟く」という歌詞を始め、聴いていて鳥肌が立つほどにおぞましい言葉が並ぶ。ラストで繰り返される「WE JUST GOTTA GET UP RIGHT NOW!」「WE MUST SAVE THIS WORLD SOMEHOW!」というフレーズはもはや「叫び」と言ったほうがいい。
背景やメッセージは重く暗いものだが、あくまで曲自体はポップである。そこに山下達郎の職人的な姿勢が表れていると思う。


「シャンプー」は1979年にアン・ルイスに提供した曲のセルフカバー。しっとりとしたバラードナンバー。繊細さを感じさせる美しいメロディーが展開されている。それはサビでも変わらない。「打ち込みのシミュレート」をすることを目指していたようで、サウンドはほぼシンセのみという極めて少ない音の数で聴かせる。土岐英史によるソプラノサックスも前面に出ており、色気のある音色で曲のムードを演出している。
後に作詞家として大成する康珍化にとっての作詞家デビュー曲がこの曲。失恋した女友達を励ます内容。「シャンプー」はその友達のあだ名だろう。励ます主人公の女性像は強気ながらも優しさもある…と言ったところか。
アン・ルイスのバージョンは聴いたことがないので、いずれ聴き比べてみたいと思う。


「ムーンライト」は前の曲に引き続き、しっとりとしたバラードナンバー。全編通して渋い味わいのメロディーが展開されている。短めの曲なのだが、レコーディングの開始時点でコンピュータのスペックが山下の要求に対応できないものだったらしく、小曲にもかかわらず違うパターンで7回もやり直したという。演奏は全て山下自ら行なっている。柔らかなシンセとギターが主体となったサウンド。
歌詞は幻想的なイメージのあるもの。「時計さえ今は動かない 今夜だけの恋の始まり」というサビの歌詞が顕著。こうした詞世界は山下達郎の曲の中でも大きな部分と言える。
小曲だけあって、一曲単位で聴くことはほぼ無い。アルバムの中で聴くのが一番良いと思う。


「LADY BLUE」は壮大なバラードナンバー。広がりのある美しいメロディーには聴き惚れてしまうばかり。佐藤博による流麗なピアノや青山純の力強いドラミングは圧巻。外国人コーラスが参加し、ゴスペルの要素を取り入れたスケールの大きなコーラスワークがこの曲の聴きどころ。本来はもっと多くのコーラスが参加するはずだったが、不手際で3人しか来なかったため山下本人の多重コーラスで補われている。
歌詞は全編英語詞によるもの。訳せるほどの能力は無いので断片的に切り取っただけだが、アラン・オデイ特有のロマンティックな部分が表れた詞世界になっていると思う。
曲調やサウンドだけだと、この曲がラストかと思ってしまうほどの存在感がある。


「風の回廊(コリドー)」は今作のラストを飾る先行シングル曲。ホンダの「クイントインテグラ」のCMソングに起用された。切なさや懐かしさを感じさせるミディアムナンバー。CMソングに使われたことからわかるように、メロディー自体は明るいのだが、それ以上に切なさが優っている感じ。音の数は少なめだが、グロッケンが多用されているのが特徴。この曲でも十八番の一人多重コーラスが冴え渡っており、風を想起させる爽やかなコーラスワークで曲の世界観を形作っている。
歌詞は山下の言う所の「過ぎ去った恋の中の現実とも幻影ともつかない女性像」が描かれたもの。悔しさや喪失感は一切感じられず、いなくなった恋人のことやその恋を淡々と振り返っている印象がある。
山下としては初めてのデジタルレコーディング・自らによるミックスがされた曲であり、キャリアの中でも重要な存在となっていると言える。


「MY BABY QUEEN」は1991年盤・1999年盤のみ収録のボーナストラック。1985年にレコーディングされていたが、歌詞で悩んだ結果世に出すタイミングを逸してしまっていたという。哀愁を帯びたメロディーが心地良いミディアムナンバー。ただ、サビはキャッチーにまとめられている。切れ味鋭いギターのカッティング、分厚くてファンキーなベース、パワフルなドラム…まさに黄金パターンといえるバンドサウンドには圧倒されるばかり。
歌詞は街中で出逢った女性に一目惚れした男性の心情が綴られたもの。前作「MELODIES」収録の「あしおと」でもそうだが、この手の気弱な男性像というのか、オタクのような男性像の詞世界は山下達郎の得意技である。
今作の制作中に作られていただけあって、実際に今作の中に入っていても違和感の無い曲になっていると思う。


中古では1991年盤が最も多く出回っている印象がある。そこそこ高値で売られているが、RCA時代の作品ほどではない。オリジナル盤の音が気に入らなかったのか、リリースから5年後の1991年盤ではリミックスされている。オリジナル盤との聴き比べをするのも面白いかもしれない。
デジタルレコーディングとの格闘の末に制作された作品なので、山下達郎のキャリアを通じても特にサウンド面で時代性を感じさせる作品と言える。ただ、生音との融合が図られており、全編でシンセが主張しているわけではない。レコーディングの方式こそ変われど、普遍性に満ちたメロディーや聴きごたえのある生音といった山下達郎の曲の魅力は変わっていない。全編シンセにしてしまえば楽だったのかもしれないが、それをしたら本来の音楽性から外れる。山下達郎にとっての本来の音楽性・魅力を守ろうとした結果、レコーディングに苦戦したのだと思う。良くも悪くもこの当時にしか作れなかった作品という印象がある。

★★★★☆