ハンサムボーイ
井上陽水
1990-10-21


ハンサムボーイ
井上陽水
2001-05-30


ハンサムボーイ
井上陽水
2009-03-25


【収録曲】
全曲作詞作曲 井上陽水
3.11.作曲 井上陽水・川島裕二
6.9.作曲 井上陽水・平井夏美
1.編曲 井上陽水・細野晴臣
2.6.9.10.編曲 井上陽水・平井夏美
3.11.編曲 川島裕二
4.編曲 井上陽水・川島裕二
5.編曲 星勝
7.編曲 後藤次利
8.編曲 井上鑑
9.編曲 川島裕二・藤井丈司
6.ストリングス編曲 星勝
10.ストリングス編曲 服部克久
プロデュース 井上陽水

1.Pi Po Pa ★★★★★
2.エミリー ★★★☆☆
3.ライバル ★★★★☆
4.最後のニュース ★★★★☆
5.ギャラリー ★★★☆☆
6.少年時代 ​★★★★★
7.フィクション ★★★★☆
8.Tokyo ​★★★★☆
9.夢寝見 ★★★☆☆
10.自然に飾られて ​★★★★☆
11.長時間の飛行 ​★★★☆☆

1990年10月21日発売
2001年5月30日再発(リマスター)
2009年3月25日再発(SHM-CD)
フォーライフ
最高位2位 売上63.9万枚

井上陽水の13thアルバム。先行シングル「夢寝見」「最後のニュース」「少年時代」を収録。今作発売後に「Tokyo」がシングルカットされた。前作「Negative」からは2年10ヶ月振りのリリースとなった。

前作「Negative」はタイアップ曲が無い上にいつもに増して難解さを増した作風でセールスが低下してしまったが、今作は売れることを目指したのか一転してシングル曲やタイアップ曲が多くなった。その結果、オリジナルアルバムの中でもかなり高い売上を記録した。しかし、シングルのC/W曲は全て未収録。この辺りに売り方の上手さを感じる。

前作と同じく多くの編曲家が参加しているが、今作では平井夏美(川原伸司の変名)が重用されているのが特徴。編曲のみならず作曲でも大きく関与しており、それが今作の作風にも影響している。


「Pi Po Pa」は今作のオープニング曲。NTTのCMソングに起用された。怪しげな雰囲気に満ちたミディアムナンバー。メロディー自体はそこまでキャッチーでもないが、井上独特の言語センスが遺憾無く発揮されているためかなり耳に残る。細野晴臣の影響か、民族音楽のテイストを感じさせるサウンドが展開されているのが特徴。コーラスで矢野顕子が参加しており、その歌声で曲の世界観を形作っている。
歌詞はタイトルやタイアップ相手からも想像がつくように、電話がキーワードとなっている。「Pi Po Pa」「電話ランデブー」といったフレーズが繰り返し登場するが、井上の囁くような歌い方のせいか相当なインパクトがある。
あまり盛り上がるような曲でもないが、異様に耳に残る曲なのでその点ではオープニングにふさわしいと思う。


「エミリー」は前の曲からの流れをぐっと落ち着けるバラードナンバー。味の素ゼネラルフーヅの「MAXIM」のCMソングに起用された。そのバージョンは英語詞だという。色気のある美しいメロディーが展開されているが、サビはそれなりに耳馴染みの良い仕上がり。平井夏美によるピアノが主体となった、極めてシンプルなアレンジがこの曲にはぴったり合っている。
歌詞は「エミリー」に語りかけているようなイメージ。主人公と彼女は別れたのだろうか。「大事なことは幸せなこと でもねそれ以上何も言わないでね」という歌詞が意味深。井上はこの名前が好きなのか、後の「BLACK SISTER」でも「エミリー」の名が登場する。
メロディー・サウンド共に、井上陽水のメロウな部分がよく現れた曲になっていると思う。


「ライバル」は前の曲から一転し、勢いのあるロックナンバー。前に突っ込むようなイメージのメロディーで、サビは中々にキャッチーな仕上がり。80年代の井上陽水作品のキーパーソンである川島裕二が作編曲に絡んだためか、ニューウェーブのテイストを強く感じさせるのが特徴。歪んだギターサウンドが前面に出ており、その音色が曲の力強さを演出している。サビでは吉田美奈子によるパワフルなコーラスが存在感を発揮する。
歌詞は彼女のことを「ライバル」として見る様子が描かれている。聴けば聴くほどどういう意味なのかわからなくなっていくような詞世界なのだが、主人公は彼女に振り回されているのではと予想している。「ライバル」という語感が気に入って作詞しただけではと思ってしまう。
この曲に関してはサウンド面が好み。独特な雰囲気を作り出すひねくれたアレンジである。


「最後のニュース」は先行シングル曲。TBS系報道番組『筑紫哲也 NEWS23』の初代エンディングテーマに起用された。フォークソング色の強いバラードナンバー。比較的単純な曲調で多くの言葉をぶつける形となっており、メロディーもサウンドもキャッチーな要素はほぼ無いが強いインパクトがある。サウンドは終始アコギが前面に出ており、それ以外はドラムとキーボードが控えめに使われるのみ。
歌詞は様々な社会問題について語られている。戦争、人口爆発、地球温暖化問題、原子力問題などが挙げられており、それらについて淡々と聴き手に問いかけるようなイメージ。
実際にそのような使われ方をされていたのかはわからないが、その日のニュース映像と共に流れるにはあまりにもぴったりな曲だったと言える。


「ギャラリー」は荻野目洋子に提供した曲のセルフカバー。しっとりとした曲調で聴かせるバラードナンバー。派手に盛り上がるわけではないが、かなりキャッチーなメロディーが展開されている。フラメンコ風のアコギの音色が前面に出たサウンドであり、そのせいか曲調以上に激しさを感じられる。間奏ではホーンが登場し、曲の怪しげな雰囲気を演出している。
歌詞は恋人がいる相手に片想いした女性の心情を描いたものだと思っている。「ギャラリー」というのは二人の関係を傍観者として見ているだけの主人公のことを指すのだろう。それでも相手のことを諦めていない熱い気持ちが綴られており、そうした詞世界がサウンドによく合っていると思う。
井上陽水と女性ボーカルはかなり親和性が高い印象があるのだが、このセルフカバーも例に漏れず。


「少年時代」は先行シングル曲。映画『少年時代』の主題歌に起用された。その後も多くのタイアップがつき、井上陽水にとっての最大ヒットシングルとなった。懐かしさや儚さに満ちたバラードナンバー。郷愁を誘うようなメロディーには終始聴き惚れるばかり。ピアノやストリングスを前面に押し出し、そうしたメロディーの魅力を最大限に引き出すアレンジがされた。
「風あざみ」「夏模様」「宵かがり」「夢花火」と次々に鮮やかな造語が飛び出すが、この曲を聴いていてはっきりとわかるのは「夏が過ぎ」たということだけ。正直なところほぼ全編を通じて意味が分からない。それなのに、この曲を聴いていると不思議と小学生の頃の夏休みの思い出が蘇ってきて、途端に懐かしく切ない気持ちになる。きっと誰もがそうなるはずなんだ。井上陽水のマジックとでも言うべき卓越した言語センスが顕著に現れた詞世界だと思う。
日本に夏休みがある限り、この曲はいつまでも愛され続けるのではないか。それだけの力を持った名曲である。


「フィクション」は森進一に提供した曲のセルフカバー。どこか陰を感じさせるミディアムナンバー。派手さは無いが引っかかりのあるメロディーは不思議と耳を離れなくなる。メロディーメーカーとしての実力が現れている。サウンド面では、後藤次利によるものと思われるうねりのあるベースラインが非常に格好良い。歪みのあるギターを始めとした他のバンドサウンドもかなり聴きごたえがある。
歌詞は切ない恋模様がイメージできるもの。「叶えられぬ恋はただのフィクション」「夢に描く熱いKissはフィクション」「忘れられぬ恋はすでにフィクション」…思い描いていた恋を実現させられなかった主人公の虚無感が伝わってくる詞世界である。
森進一のバージョンは聴いたことが無いため、いつかは聴いてみたい。そちらを全く想像できないので。


「Tokyo」は今作発売後にシングルカットされた曲。サントリーの「サントリーローヤル」のCMソングに起用された。ビートルズバージョンの「Till There Was You」に影響されて作ったというミディアムナンバー。確かに聴き比べるとかなり似ている。開放感のあるサビのメロディーがたまらない。パーカッションやアコギを前面に出しつつも、ストリングスやホーンも効果的に用いられたカラフルなサウンドが心地良い。
歌詞はタイトル通り東京の風景を描いたもの。「銀座」「新宿」「渋谷」などと様々な地名が登場するが、「はとバス」が登場するのが見事。それによって、はとバスで東京の街並みを眺めているような感覚になれる。行ったこともない街も、何故かその光景が浮かんでくる。
東京を描いた曲は数多くあれど、ここまで観光気分にさせてくれる曲は中々無いのではと思う。


「夢寝見」は先行シングル曲。日産「セフィーロ」のCMソングに起用された。民族音楽のテイストを取り入れたバラードナンバー。タイアップがついただけあって、盛り上がるわけではないが耳馴染みのいいメロディーが展開されている。エスニックな音色の打楽器が主体になりつつ、幻想的な音色のシンセも前面に出ている。間奏では井上の妻である石川セリがコーラスで参加しており、その艶のある歌声で曲の妖しい雰囲気を作り出している。
歌詞は都会の夜を想起させるもの。「ホテルの広い窓」「ハイウェイーを滑るライト」「魅惑の夜」といった歌詞はロマンティックであり、井上のミステリアスなイメージの歌声とよく合っている。何度も本人のコーラスで出てくるタイトルのフレーズもインパクト抜群。井上の言語センスが遺憾無く発揮された曲と言える。


「自然に飾られて」はしっとりとした曲調で聴かせるバラードナンバー。日産「セフィーロ」のCMソングに起用された。美しさとポップ性を併せ持ったメロディーは絶品。流麗なピアノやストリングスが主体となった、厳かな雰囲気さえ感じられるほどのサウンドは身を委ねたくなるほどに心地良い。途中から登場するホーンは曲の重さを和らげてくれる。
歌詞はジューンブライドを想起させるもの。具体的に言及されているわけではないのだが、歌詞に登場するフレーズの一部からそうしたイメージを持った。優しく幸せな詞世界は今作の中でもかなりの存在感がある。いつもに増して柔らかさを増したボーカルはその詞世界の魅力を最大限に引き出している。
メロディーの強さが印象に残り、初めてこの曲を聴いた時はシングル曲かと思ってしまった。流石はCMソングに起用された曲。


「長時間の飛行」は今作のラストを飾る曲。幻想的な雰囲気を持ったバラードナンバー。キャッチーな部分は無いものの、美しく穏やかなメロディーが全体を通して展開されている。丁寧に作り込まれたシンセやストリングスが前面に出ており、バックでは分厚いベースが控えめに主張している。
歌詞はタイトル通り、飛行機に乗っている時の様子が描かれている。丁寧な描写がされており、聴いていると飛行機に乗っているような感覚に襲われる。前の曲からの繋がりを意識して聴くと、新婚旅行に向かっている様子を描いたとも捉えられると思う。
ラスト以外に置き場所が無いと思えるほどの曲。様々な曲調が揃った良い意味でバラバラな作品なのだが、この曲のお陰でまとまりがついている。


そこそこ売れた作品なので中古屋ではよく見かける。井上陽水のオリジナルアルバムの中でも特に入手しやすいと思う。
タイアップ曲が多くを占めるだけあって、井上陽水の楽曲の様々な魅力を楽しめる充実した作品になった印象。ポップな曲もあれば美しいバラードもあり、意味のわからない曲もあり…代表曲「少年時代」も収録されているため、ベスト盤の次に聴くオリジナルアルバムとしてもうってつけと言える。
それにしてもジャケ写が素晴らしい。井上陽水なりの「ハンサムボーイ」観を表現しているのだろうが、ここまでいい笑顔を見せられるとこちらもついつい笑顔になってしまう。内容も含め、ジャケ買いする価値あり。

​★★★★☆