What if・・・
詩人の血-LE SANG D’un POETE-
1989-10-21


【収録曲】
全曲作詞 辻睦詞
1.4.9.作曲 渡辺善太郎
2.8.10.作曲 辻睦詞・渡辺善太郎・中武敬文
3.6.作曲 辻睦詞・渡辺善太郎
5.作曲 辻睦詞
7.作曲 中武敬文
全曲編曲 詩人の血
5.編曲 詩人の血・清水信之
1.ホーンアレンジ 清水信之
プロデュース 詩人の血・長俊弘

1.青空ドライヴ ★★★★★
2.Day By Day ★★★☆☆
3.バレンタイン ​★★★★★
4.Summer ★★★★☆
5.航海 ★★★☆☆
6.タキティナ ​★★★★☆
7.太陽と巨人 ​★★★☆☆
8.グレーの夕方 ★★★☆☆
9.ひゆひゆ ★★★★★
10.バタフライ ★★★☆☆

1989年10月21日発売
Epic/Sony Records
最高位不明 売上不明

詩人の血の1st(デビュー)アルバム。今作と同日にシングル「青空ドライヴ」がリリースされた。今作発売後に「バレンタイン」がシングルカットされた。

詩人の血は1989年にデビューした3人組バンド。ボーカルの辻睦詞、ギターでメインソングライターの渡辺善太郎、キーボードの中武敬文から成る。シングル9作とアルバム5作をリリースし、1994年に中武が脱退したことによりバンドは解散。辻と渡辺はOh!Penelopeを結成し、シングル2作とミニアルバム2作、フルアルバム1作をリリースしたが、そちらも短命に終わってしまった。渡辺善太郎は作編曲家・プロデューサーとして確固たる地位を築き、現在も活躍中。後の2人はソロ活動を行っているようだ。

詩人の血の楽曲は、ひねくれたポップセンスと作り込まれたサウンドが魅力。辻睦詞の「きれい」という表現が似合う歌声や、難解な詞世界もインパクト抜群。
また、アルバムごとに作風が大きく異なるのも特徴。今作はUKのニューウェーブからの影響を感じさせるミステリアスかつひねくれたポップスの数々を楽しめる。
2nd「とうめい」では今作の路線を引き継ぎつつもロック色が強くなっている。3rd「Cello-phone」ではハウスミュージックに傾倒し、さらに4th「花と夢」で打ち込み主体の幻想的なポップス、5th「i love ‘LOVE GENERATION’」では生音主体の渋谷系テイストの強いお洒落なポップスが並んでいる。


「青空ドライヴ」は今作と同日にリリースされたデビューシングル曲。ネオアコのテイストを感じさせるミディアムナンバー。全く盛り上がらないどころか、むしろ盛り下がるようなサビはインパクト抜群。サウンド面では哀愁を帯びたギターサウンドと乾いたサックスが前面に出ている。矢口博康特有のサックスプレイがこの曲では冴え渡る。メロディー・サウンド面共にタイトルから想像される爽やかさは全く無く、むしろどんよりした雰囲気が感じられる。
歌詞はタイトル通り恋人とのドライブを想像させる描写がされたもの。「空がきれいさ 空がきれいだね」というサビ終わりの歌詞がとても印象深い。曲を通じて確かにわかるのが「空がきれい」ということだけ。井上陽水のようなセンスを感じる詞世界である。
一曲単位では好きな曲だが、よくもこの曲をデビューシングルにしたなと思ってしまう。そのねじれたセンスこそが詩人の血らしいわけだが。


「Day by day」は前の曲からの流れを落ち着けるバラードナンバー。後にこの曲の別バージョンがシングル「ドイツク」のC/W曲としてシングルカットされている。盛り上がるような曲調ではないが、同じ部分が何度も繰り返される構成なのでかなり耳に残る。シンセ主体の静謐なサウンドは辻の美しい歌声を際立たせている。
歌詞は曲調と同じく、幻想的なイメージがある。ただ、どういう意味かはよくわからない。「彼に名前をつけたのは誰? やがて彼は名前を捨てるさ 彼が自分の名前を決める」という歌詞が何とも意味深。考えれば考えるほどわからなくなっていく詞世界である。
普通なら退屈になってしまうような曲調なのだが、むしろ何度も聴きたくなってしまうのがこの曲の凄いところ。


「バレンタイン」は今作発売後にシングルカットされた曲。美しいメロディーが心地良いミディアムナンバー。日本の匂いを全く感じさせない仕上がりである。それでいてサビはとてつもなくキャッチーにまとめられており、一度聴けば一週間は耳や頭から離れなくなる。シンセと歪んだギターサウンドが主体となったサウンドは相当に凝っているのがよくわかる。
歌詞の意味はよくわからないが、どことなく不穏なイメージのあるもの。ただ、それ以上に「Valentine Again Valentine Once More」というサビのフレーズばかりが印象に残る。その部分の歌い回しも相まってなおさら。
この曲の異様な中毒性にすっかり引き込まれてしまい、詩人の血の曲の中でも特に好きな方に入っている。


「Summer」は今作の中ではかなりポップな曲。この曲もまた、一度聴けばしばらく耳を離れなくなるほどにキャッチーなサビを持っている。渡辺善太郎のメロディーセンスには驚くばかり。とはいえ陰を感じさせる曲調なのは共通している。キレの良いギターサウンドとうねうねしたシンセベースが主体。間奏のギターソロを始めとして若干ロック色の強めなアレンジであり、次作の作風の雛形のような印象がある。
歌詞は過ぎていく夏の虚しさが表現されたものだと思っている。主人公と「君」の関係はどのようなものなのだろうか。そちらにもどことなく暗雲が立ち込めているような感覚がある。
ただ明るいだけでは終わらせない辺りに詩人の血のねじれたセンスを感じる。


「航海」は再び流れを落ち着けるバラードナンバー。聴いていると心が浄化されるような、美しく伸びやかなメロディーがたまらなく心地良い。サウンドは幻想的な音色のシンセが前面に出たもの。後半はシンセによるストリングスが入って少しだけ盛り上がる。ただ、この曲も辻のボーカルの魅力を引き出すアレンジになっていると思う。
歌詞はタイトル通り船に乗っている光景が描かれている。様々な情景描写が淡々とされている歌詞なのだが、やはり難解である。「垂れ下がっているぼろきれ」というサビ終わりのフレーズがとても気になる。これは何を指したものなのだろう。
こうしたバラードナンバーは意外と詩人の血の曲には少ない。バラードが多くを占めているのは今作の大きな特徴だと思う。


「タキティナ」は今作の中でも特にマニアックに作り込まれた曲。サンプリングされた声や不思議な音色を奏で続けるシンセ、分厚いベース、アバンギャルドなギターサウンドなどサウンド面に語りどころがあまりにも多い。サウンド面のインパクトが強過ぎて、メロディーがそこまで印象に残らないほど。
造語によるタイトルからしてよくわからないが、歌詞はなおさら。砂漠地帯を想起させる言葉が登場するが、全体としては全く意味がわからない。この曲に関しては、歌詞やボーカルはサウンドを際立たせるための飾りの一つだと思って聴いている。
ここまで前衛的で難解な曲も中々無いと思う。それでもクセになってしまうのが不思議。


「太陽と巨人」はシングル「バレンタイン」のC/W曲としてシングルカットされた曲。中武敬文が単独で作曲を担当した曲。全体の中では比較的明るい曲調で、そこそこわかりやすい曲に仕上がった印象。ネオアコ的なギターサウンドを始め、バンドサウンドに近い音作りがされているからだと思う。
歌詞は内省的なイメージのあるもの。「考えてたことはまだ口の中 溢れ出す思いはもう止めなくていい」という歌詞が好き。それにしても「太陽を口いっぱいに含んでる巨人」は何の例えなのだろう。
前述したように、今作の中では割とわかりやすい方の曲なので、シングルカットされたのも頷ける。


「グレーの夕方」はしっとりとした曲調で聴かせるバラードナンバー。耳に優しい美しいメロディーと、辻のよく伸びる歌声の相性はぴったり。改めて、本当に「きれい」な歌声の持ち主だと思う。アコギやピアノが主体となったシンプルなサウンドが展開されており、メロディーの聴き心地の良さを高めている。
歌詞は哀愁に満ちたもの。恋人と別れた後の心情や晩秋〜初冬の光景が描かれている。その時期は何があるわけでもないのに不思議と寂しくなることがあるが、そうした感情を的確に表現した歌詞である。
メロディーや歌詞ともに、詩人の血のメロウな部分がよく現れた曲になっていると思う。


「ひゆひゆ」は幻想的な雰囲気のあるミディアムナンバー。流れるような美しさとキャッチーさを併せ持ったサビがたまらない。渡辺善太郎のメロディーセンスの良さを実感させられる。「太陽と巨人」と同じく、シンセがメインではあるが比較的バンドサウンドが目立った曲なのでわかりやすさがある。
タイトルは風が吹く様子を指した擬音だと解釈している。歌詞は風がキーワードとなっている。この曲も難解な詞世界だが、サビ頭の英語詞は中々にインパクトがある。それがこの曲のサビをキャッチーなものにしているのではと感じる。
珍しく爽やかさが前面に出たメロディーが自分好み。今作でもかなり好きな方に入ってくる。


「バタフライ」はシングル「青空ドライヴ」のC/W曲。ゆったりとしたバラードナンバー。ただ、サビは盛り上がる構成なのでそれなりに耳に残る。アコギが前に出た清涼感のあるサウンドが心地良い。サビや間奏ではミステリアスな雰囲気を醸し出すシンセが登場する。最後までそうした雰囲気は一貫している。
歌詞は主人公ともう一人の誰かが蝶を見つけた様子が描かれている。しかし、その蝶を何もせずに眺めているだけ。歌詞の意味について考えようとすればするほど、どんどん遠ざかっていくような感覚がある。
ここまでの曲を包み込むように流れていくイメージがあり、ラストという位置によく合った曲だと思う。


あまり売れた作品ではないので、中古屋では滅多に見かけない。
凝った音作りがされたミディアム〜バラードが多く、多くのアーティストにとっての1stアルバムの魅力である「荒削りな感じ」「初期衝動」といった要素は全く無い。シンセの音色には時代性を感じる部分もあるが、徹底的に作り込まれているのでさほど気にならないと思う。ひねくれたポップセンスと独特な世界観を持った詞世界といった、詩人の血の全作品に共通する魅力は1stから存分に発揮されている。
風変わりなバンド名やビジュアル、アルバムごとに目まぐるしく変わる作風のせいか、現在でも真っ当な評価がされないまま埋もれてしまっている印象が否めない。ただ、今でも新鮮だと感じられるほどの曲を多く産み出したバンドだと思う。今作を聴けばそれがよくわかる。

★★★★★