ロミオ道行
藤井隆
2002-02-14


【収録曲】
全曲作詞 松本隆
11.12.作詞 GAKU-MC
1.8.作曲 堀込高樹
2.7.作曲 筒美京平
3.10.作曲 bice
4.9.作曲 本間昭光
5.作曲 田島貴男
6.作曲 コモリタミノル
11.12.作曲 浅倉大介
1.2.8.編曲 CHOKKAKU・岩田雅之
3.10.編曲 石川鉄男
4.7.9.編曲 本間昭光
5.編曲 CHOKKAKU
6.編曲 コモリタミノル
11.12.編曲 浅倉大介
12.ホーンアレンジ 数原晋
プロデュース 松本隆

1.未確認飛行体 ​★★★★★
2.究極キュート ★★★★☆
3.地球に抱かれて ​★★★☆☆
4.素肌にセーター ​★★★★☆
5.リラックス ★★★★★
6.幸福インタビュー ★★★☆☆
7.絶望グッドバイ ​★★★★☆
8.代官山エレジー ★★★★★
9.モスクワの夜 ★★★☆☆
10.乱反射 ★★★★☆
[ボーナストラック]
11.アイモカワラズ ★★★★☆
12.ナンダカンダ ★★★★★ 

2002年2月14日発売
アンティノスレコード
最高位23位 売上不明

藤井隆の1stアルバム。先行シングル「ナンダカンダ」「アイモカワラズ」(この2作はボーナストラック扱い)「絶望グッドバイ」を収録。今作と同日にシングル「未確認飛行体」がリリースされた。

芸人として活躍していた藤井隆だが、元来80年代の歌謡曲や洋楽に造詣が深く、自身がマシュー南として司会を務めた音楽番組『Matthew's Best Hit TV』でそれを発揮していた。「ナンダカンダ」「アイモカワラズ」では前述した要素は控えめだったが、「絶望グッドバイ」は70年代後半〜80年代の歌謡曲における黄金コンビ、松本隆・筒美京平が提供を行った。

今作は松本隆がプロデュースを手がけた。「絶望グッドバイ」を始めとした歌謡ポップ路線に加え、シティポップ・AORにも挑戦した作風となった。人気芸人の音楽活動というにはあまりにも真面目で力の入った曲が並んでいるが、藤井はそれに真っ直ぐなボーカルでしっかりと答えている。


「未確認飛行体」は今作と同日にリリースされたシングル曲。不穏な雰囲気を出しつつも、美しさとキャッチーさを併せ持ったメロディーは堀込高樹の真骨頂である。堀込高樹の歌声が浮かんでくるほど。サビの高音はかなりきつそうだが、そこもしっかりと歌いこなしている。ストリングスやシンセによって、タイトル通りの浮遊感のあるサウンドに仕上がっている。
歌詞は煌びやかな夜の都会を舞台に、恋人と過ごす幸せな時間を描いたもの。松本隆ならではのロマンティックな雰囲気を持った詞世界には引き込まれるばかり。
オープニングながら、今作の中でも最も好きな曲。堀込高樹によるセルフカバーもいつか聴いてみたい。


「究極キュート」はアイドル歌謡の色濃いポップナンバー。最早タイトルからしてその雰囲気に溢れている。タイトルのフレーズから始まるサビは一度聴けばしばらく耳を離れなくなること請け合い。打ち込み主体のカラフルなサウンドは曲のポップさをさらに高めている。
歌詞は恋人と過ごした時間が描かれているのだが、幸せな描写が全て過去形になっているのが何とも切ない。「可愛く笑う 君の瞳が怖かった」というフレーズが特に好き。「究極キュート」はその相手を指した言葉である。
当時最新の音と80年代を思わせる部分とがバランス良く組み合わさった感覚がたまらない。


「地球に抱かれて」は前の曲に続いての爽快なポップナンバー。最初はアンビエントのような始まり方をするが、そこからはダンサブルかつポップなサウンドに変貌を遂げる。サビになってもさほど盛り上がらないメロディーながら、この曲にはそれがよく合う。作曲者であるbiceのコーラスも曲には彩りを添えている。
歌詞は丘で焚き火をしている男性が「君」のことを思い出す…というもの。聴き手もその場にいるかのような、繊細な描写がされている。全体を通して、松本隆の幻想的な部分が現れた詞世界になっている。
ポップかつクールな雰囲気がこの曲の魅力。アクの強い作家陣による曲が並ぶ今作の中では少々地味な印象があるが、割と好き。


「素肌にセーター」は情感のこもったポップナンバー。哀愁を漂わせつつも、勢い良く畳み掛けるようなイメージのあるサビのメロディーはいかにも本間昭光と言ったところ。後半の転調はまさに職人技である。サウンド面は打ち込みとキレの良いギターが主体となっており、メロディーの持つ叙情性をさらに強めている。
歌詞は別れた恋人との日々を振り返る男性を描いたもの。「ジルバ」という80年代の曲くらいでしか耳にしないようなフレーズが出てくるのは今作ならでは。歌詞全体としては女々しい男性像が浮かんでくるもの。その手の詞世界が好きな自分にはたまらない。
メロディーや歌詞が自分好み。今作のアルバム曲の中では好きな方に入ってくる。


「リラックス」はここまでの流れを落ち着けるミディアムナンバー。田島貴男特有の美しく艶のあるメロディーがこの曲では冴え渡る。ホーンやギター、エレピが絡んだAOR色の強いサウンドはとても聴き心地が良い。聴いているとそれに身を委ねたくなるような感覚がある。
歌詞はタイトル通りリラックスすることを提案するもの。「誰だって長距離ランナーだもの」という歌詞にはハッとさせられるが、それ以上に「美少女 目で追いかけて 声はかけずに目蓋を閉じる」という歌詞が好き。日頃自分がついついやってしまうことを見事に言い表した部分なので。
メロディーやサウンドが自分好みのど真ん中なので、これまた好きなアルバム曲の一つ。


「幸福インタビュー」は再び流れを戻すポップナンバー。タイトルの「幸福」は「しあわせ」と読む。SMAPの「SHAKE」「ダイナマイト」などで知られるコモリタミノルによる曲。それらの路線を思わせる打ち込みダンスポップに仕上がっている。聴き心地の良いポップなメロディーはコモリタミノルの得意技。サウンドは全編打ち込みによるもの。
歌詞は恋人への想いが綴られたもの。幸せとはいえ自分と付き合うことには不安なようだ。「君は大丈夫?ほんとうにぼくでもいいの」という歌詞が顕著。その辺りの歌詞がタイトルの由来だろうか。
他に主張の強い曲が多いだけに、やるならもっと明るく弾ける曲にした方が良かったのではと思う。


「絶望グッドバイ」は先行シングル曲。前述した通り、80年代の歌謡曲の要素を思い切り詰め込んだポップナンバー。聴いていて笑ってしまうくらい真面目にそれを突き詰めている。ラテン音楽のテイストが入ったアレンジであり、その辺りは本間昭光によるものだろう。広瀬香美の「promise」やポルノグラフィティの「サウダージ」「アゲハ蝶」辺りの影響で、本間昭光はその手の路線が得意という印象が強い。
歌詞は真冬の駅のホームを舞台に、恋人と離れ離れになる光景を描いたもの。タイトルだけ見て明るい詞世界だと思ったのだが、実際は真逆である。喪失感を次々にぶつけるようなイメージの歌詞であり、心を抉るような切なさを持っている。
先行シングルらしく、今作の作風を象徴するような曲だと思う。


「代官山エレジー」はここまでの流れを落ち着けるバラードナンバー。AOR色の強い、甘く美しいメロディーが何とも心地良い。藤井の歌い回しもキリンジを彷彿とさせる。アダルトな雰囲気を持った音色のホーンがフィーチャーされており、夜の都会の光景が浮かんでくる。
歌詞は恋人と別れる瞬間を切り取ったイメージのもの。「代官山」とあるが、直接そこを思わせる言葉は一切登場しない。「ニットのマフラー」「洋梨タルト」といった小道具がお洒落な世界観を作り出している。甘美な曲にはそうした詞世界がよく似合う。
キリンジによるセルフカバー(ボーカル堀込泰行)も素晴らしいので、聴き比べることをおすすめする。


「モスクワの夜」はシリアスな雰囲気を持ったミディアムナンバー。キャッチーなのに哀愁を帯びたサビのメロディーが印象的。後半になると転調してさらにシリアスさを増していく。叙情的なギターサウンドや打ち込みによるビートが曲の持つ情感をより引き立てている。
歌詞はタイトル通りモスクワの夜の風景が描かれたもの。恋人と別れた後、一人で傷心旅行に行ったのだろうか。そのスケールの大きさが主人公の喪失感をより増幅させているような感覚がある。
どことなく切迫感のあるメロディーやアレンジは松本隆作詞の「さらばシベリア鉄道」を想起させる。アンサーソングと言われたら信じてしまうくらい。松本隆はそれを意識したのだろうか…?


「乱反射」は実質的な今作のラストを飾る曲。極めて静謐なバラードナンバー。ゆったりと揺れているようなイメージのメロディーは聴いていて眠くなってしまうほど。それはサビになっても変わらない。使われている音も、ハープやエレピ系の打ち込み音、アコギといった静かで美しいものばかり。
歌詞は青春時代の恋模様を回顧したもの。歌詞の一言一言が懐かしさと、心に突き刺さるほどの切なさを持っている。作詞家・松本隆の実力が遺憾無く発揮された素晴らしい歌詞である。
ラストを飾るにはこれ以上ないバラードという印象。以降はシングル2曲がボーナストラックとして収録されているわけだが、それらが蛇足だと思えてしまうほど。


以下2曲はボーナストラック。


「アイモカワラズ」は先行シングル曲。ユーロビートのテイストを取り入れたポップナンバー。シングル曲だけあって、サビはキャッチーそのもの。かなりテンポが速くて歌いにくいと思うのだが、それでも見事に歌いこなしている。煌びやかな打ち込みサウンドがノリの良さを演出している。
歌詞は前作「ナンダカンダ」と同じく、メッセージ性の強いもの。日常を忙しなく生きる人への応援歌と言ったところ。その中でも「今なんて 今しかない」「終わるまで 終わりじゃない」といったサビのフレーズがとても力強い。
「ナンダカンダ」の路線をさらに発展させた印象がある。その分アレンジが主張し過ぎた感じがするが、それでも好きな曲。


「ナンダカンダ」は先行シングル曲。藤井隆にとっての歌手デビュー曲。一度聴けばすぐに馴染んで離れなくなるサビのメロディーが素晴らしい。打ち込み主体のダンサブルかつポップなサウンドは浅倉大介ならでは。その脇を生音のホーンが固めている。
歌詞はメッセージ性の強いもの。歌詞の全編を紹介したいくらい好きなのだが、「なんだかんだ叫んだって やりたいことやるべきです」というサビの歌詞が特に好き。かなり前に初めて聴いた時はただノリが良いだけの歌詞だと思っていたのだが、改めて聴くと心に刺さる。歳を重ねるごとにこの曲の歌詞が響くようになるのかもしれない。
「アイモカワラズ」同様にアルバムのコンセプトや流れから外れているのは事実だが、やはり名曲。


あまり売れた作品ではないので、中古屋ではたまに見かける程度。とはいえ再評価されているのか、中古でもそれなりの値段で出回っている。
豪華としか言いようのない作家陣が関わっているわけだが、その手の作品は全体としてバラバラになってしまいがち。しかし、今作は作家がそれぞれの個性を思い切り出しつつもしっかりとまとまっている。今作のコンセプトが確固たるものであったことの証左と言える。ボーカリストとしての藤井隆の実力もそれだけ優れていたということ。
「ナンダカンダ」「アイモカワラズ」のイメージを持って聴くと面食らってしまうだろう。80年代や90年代の音楽が好きな方なら名盤だと思えるはず。

★★★★★