槇原敬之
1999-07-07
(初回盤)




槇原敬之
1999-07-10

【収録曲】 
全曲作詞作曲編曲 槇原敬之
プロデュース        槇原敬之

1.〜introduction for Cicada~ 省略
2.pool ★★★★★
3.Hungry Spider ★★★★★
4.HAPPY DANCE~Album Version~ ★★★★☆
5.Star Ferry ★★★★☆
6.青春 ★★★★☆
7.STRIPE! ★★★★☆
8.この傘をたためば ★★★☆☆
9.The Future Attraction ★★★★★
10.BLIND ★★★★☆
11.Name Of Love ★★★★★
12.Cicada ★★★★☆

初回盤のみ8cmCD付属
1.待ってたぜBaby! 
2.待ってたぜBaby!~Backing Track~

1999年7月7日発売(初回盤)
1999年7月10日発売(通常盤)
SME Records 
最高位3位(初回盤) 売上約56万枚(初回盤、通常盤の合算)

槇原敬之の9thアルバム。先行シングル「HAPPY DANCE 」「STRIPE!」「Hungry Spider」を収録。前作「Such a Lovely Place」からはカバーアルバムやベスト盤を挟んで約1年8ヶ月振りのリリースとなった。初回盤は槇原敬之プロデュースの謎のユニット「Thunder Babies」の楽曲が収録された8cmCDが付属。

先行シングル「Hungry Spider」がドラマ『ラビリンス』の主題歌に起用されたこともあり、シングル・アルバム共にヒットを記録していたが、売上を好調に伸ばしていた矢先の1999年8月26日に覚せい剤取締法違反で槇原が逮捕され、今作のみならずワーナー時代を含めた過去の全作品が回収、出荷停止となってしまった。1999年9月11日から行われる予定だった自身最大規模のアリーナツアー「Shadow Pictures'99」は逮捕されたことによって中止となった。

タイトルは「シカーダ」と読む。英語で蝉を意味する。このアルバムそのものも発売してすぐに出荷停止となってしまっている。まさに蝉の命のよう。

テーマは「日本の夏」である。夏とは言ってもTUBEやサザンの楽曲のような晴れ渡る空に輝く海…というような爽やかなものではなく、蒸し暑くジメジメした夏を想起させる。幸せさや暖かみを殆ど感じさせない、他を寄せ付けないような闇(病み)をイメージさせるアルバム。
このような雰囲気は槇原の他のアルバムには一切無い。このアルバムの異質さがわかる。


「~introduction for Cicada~」は今作のオープニングを飾るインスト曲。ピアノの弾き語りで静かに始まるが、打ち込み音が入ってきて段々と曲が激しくなっていく。一番音が盛り上がる所で終了し、次の「pool」にそのまま繋がっていく。1分10秒程度の短いインストなのだが、かなり複雑に作り込まれたサウンドが展開されている。この曲が終わる頃には今作の世界に引き込まれることだろう。


「pool」は実質的なアルバムのオープニング曲。アルバムで聴くと「~introduction for Cicada~」と繋がっている。素晴らしい演出である。ボサノバ風のアレンジがされたバラードナンバー。環境音楽でも聴いているかのような心地の良い音作りがたまらない。突き刺すような夏の日に照らされたプールの光景が浮かんでくる。歌詞の内容は16歳の時の彼女とプールで遊んだことを思い出しているもの。情景を想像できるような美しい情景描写には圧倒される。しかし、幸せな描写は全て過去形である。それが何とも切ない。 繊細で美しいメロディー、徹底的に作り込まれたアレンジ、情景を想像させるような歌詞…どれを取っても素晴らしい完成度を誇っている。槇原敬之の隠れた名バラードと言える存在。


「Hungry Spider」は先行シングル曲。前述したように、日本テレビ系ドラマ『ラビリンス』の主題歌に起用された。これまでのシングル曲とは一線を画するような雰囲気を持った曲。ソニー時代としては久々のヒット曲となった。槇原が逮捕された時に真っ先にクスリの影響を疑われた程に妖しい世界観を持った曲である。一応フォローすると、ドラマ制作側から「今までに無い雰囲気の曲を作って欲しい」と言われ、それに従っただけである。本人はクスリの影響を否定している。不気味に感じる程に作り込まれたサウンドやポップ性と美しさを併せ持ったメロディーは絶品。歌詞は蝶に恋してしまった蜘蛛を描いたもの。これは様々な解釈ができると思う。アイドルに恋したオタクな男性、その気の無い人に恋した同性愛者など…主人公である蜘蛛の苦悩が伝わってくるような切ない詞世界となっている。辛い片想いを経験した方なら誰もが共感して胸が苦しくなるような歌詞だと思う。 後にも先にもこの曲ほど芸術性に溢れた曲は無いと思う。槇原敬之の傑作の一つと言っても良いのではないか。


「HAPPY DANCE~Album Version~」は先行シングル曲。テレビ朝日系報道番組『ニュースステーション』の天気予報コーナーのテーマに起用された。今作収録にあたってアルバムバージョンとなっているが、シングルバージョンと比べるとイントロが長くなっている、間奏が長くなっているといった違いがある。フラメンコやラテンの要素を取れ入れたサウンドが展開されたミディアムナンバー。タイトルの割に明るさはほとんど感じさせない。むしろ暗い感じの曲調である。歌詞は失恋をテーマにしたものである。曲も歌詞もどちらもタイトルのように幸せな感じがしない。「今夜は僕らがまた新しい幸せを探し出す 一番最初の日」という歌詞が印象的。円満な別れであったということなのだろうか?別れをポジティブに捉えている感じが新鮮。 「Hungry Spider」ほどではないが、この曲も複雑な音作りがされている。アレンジに耳を傾けると面白い。


「Star Ferry」はここまでの流れを落ち着けるような幻想的な曲。胡弓を取り入れた中華風のサウンドが展開されている。サウンドの美しさを限りなく引き立てるようなメロディーもたまらない。中華風のサウンドが展開されているわけだが、曲中にも中国語(広東語?)が出てくる。「山亭夏日」という漢詩のようだ。歌詞は船旅に出た恋人たちを描いたもの。「おやすみ愛しい人よ」と語りかけるサビは心が安らぐような優しさがある。
余談だが、「Star Ferry」とは香港にある、九龍と香港島を結ぶフェリーのことらしい。あるルートでは航行時間とこの曲の長さがぴったり合っているとのこと。香港に行くような方がいらっしゃったら是非ともこの曲を聴きながらスターフェリーに乗っていただきたい。


「青春」は爽やかなミディアムナンバー。曲全体を通してキーボードの独特なリフが冴え渡っている。特にイントロのメロディーが好き。一回聴けばすぐに耳に残るほどキャッチーなのに、どこか切なさも感じさせる。天才ポップス職人・槇原敬之の面目躍如である。歌詞は蒸し暑い夏の情景がよく浮かんでくるようなもの。エアコンの効かない暑く狭い部屋の中で恋人と過ごす主人公が描かれている。サビでは槇原なりの青春に対する考え方が語られている印象がある。その中でも「青春は暗号のような言葉の中 夢と自分の間に流れる川」という歌詞が特に好き。アルバムの中では地味な印象が否めないが、曲や歌詞を通じて溢れている気だるい雰囲気が何とも言えない中毒性を生む。


「STRIPE!」は先行シングル曲。アルペン「WINTER FAIR篇」のCMソングに起用された。タイアップ相手からも分かるように、冬を舞台にした曲。夏をテーマにしたアルバムの中では唯一の冬の曲である。ポップで爽やかなメロディーやサウンドがとても心地良い。キーボードの清涼感溢れる音色がたまらない。サビは一回聴けばすぐに口ずさめそうなくらいキャッチーで、開放感のあるメロディーが展開されている。歌詞はスキーそのものを描いたもの。スキー場を舞台にしたラブソングはよくあるが、スキーそのものをテーマにした曲は珍しいと思う。ゲレンデの光景を「青い空と白い雪のストライプの大きな布」と表現するセンスには脱帽するのみ。槇原敬之は「北風」「冬がはじまるよ」を始めとした、ウィンターソングに定評がある(印象の)アーティストである。そのような名曲たちの中でもあまり語られる機会が無い印象だが、この曲も冬の季節が楽しみになるような素晴らしいウィンターソングだと思う。夏をテーマにしたアルバムに収録されているので、それがさらに強調されている印象。


「この傘をたためば」は先行シングル「Hungry Spider」のC/W曲。しっとりと聴かせるバラードナンバー。ピアノが主体となった静かなサウンドはメロディーの美しさを演出している。流れるように流麗なメロディーは心に沁み渡る。歌詞については「雷が鳴る前に」(3rdアルバム「君は僕の宝物」収録)の続編とされている。「雷が鳴る前に」で出てきた「公衆電話」が「携帯電話」に変わっているのが印象的。時代の移り変わりすら表現しているかのよう。雨が降る中で、別れを決めた恋人たちが描かれている。「良いときだけ守るような僕じゃ君を愛せない 悪いときこそ君を守れる僕じゃなきゃ愛する資格もない」という歌詞が好き。主人公の男性の誠実さが伝わってくるような歌詞だと思う。 どこか悟ってしまったような雰囲気があるが、それはソニー所属時代のバラードの王道と言える要素である。聴く度に心に響くような曲だと思う。


「The Future Attraction」はここまでの流れを変えるような明るいダンスナンバー。ダンサブルな曲調と聴き手をノらせるような独特なサウンドが展開されている。かなり凝ったサウンドだが、格好良い。どんどん聴き手の気持ちを盛り上げるようなサビに圧倒される。歌詞は恋に落ちることをアトラクションに例えたもの。「さぁ今から二人で恋に落ちるんだ 命綱は思う気持ちだけ」と歌い上げるサビの高揚感は凄まじいものがある。「見届けた恋がすべてTVの中のことなら 君が恋した訳じゃない 何の役にもたたない」という歌い出しをはじめ、槇原の楽曲では珍しい程にシニカルな歌詞が登場するのもインパクト抜群。少々マニアックかもしれないが、シングル曲でも全く違和感が無いような曲だと思う。


「BLIND」は先行シングル「HAPPY DANCE」のC/W曲。再びのしっとりと聴かせるバラードナンバー。聴き手を包み込むような優しい音色のキーボードが主体となったサウンドが心地良い。全編通して切なさや儚さに溢れたメロディーも絶品。歌詞は失恋を描いたもの。相手に対しての未練も今までの感謝も無く、二人の思い出を振り返りつつ、淡々と別れを告げる様が描かれている。失恋モノなので当然なのだが、幸せな描写が全て過去形になっているのが切ない。「さよなら さよなら 僕という目隠しを外してあげるよ」というサビ頭の歌詞はどこか悟ってしまったような独特な境地に達している。 曲やサウンドだけなら今まで通りと言った感じで安定感があるのだが、このような歌詞はソニー所属時代ならではだと思う。


「Name Of Love」は槇原の従兄弟であるローリー寺西こと寺西一雄に提供した曲のセルフカバー。ミディアムナンバーではあるが明るさを持ったメロディーが展開されており、今まで通りの暖かみを感じさせるものとなっている。そのような曲のせいか、ある意味今作の中では浮いているように思える。キャッチーさと優しさを兼ね備えたサビのメロディーがとても心地良い。歌詞は、主人公が自らの傷付いた心に好きな人の名前を付けることでその傷を癒そうとするというもの。実際にそのような方法は心理療法や自己啓発の手法としてあるようだ。主人公は大人というより中高生ではないかと思う。全体的に思春期のような青臭い心情が描かれている印象。今作の癒し系と言える曲であり、メロディーや歌詞共に好きな曲。


「Cicada」は今作のラストを飾るタイトル曲。しっとりとしたメロディーと静謐なサウンドが展開されている。無駄な物を一切取り払ったサウンドと言える。それでもサビはキャッチー。その辺りには槇原敬之のメロディーセンスがうかがい知れる。歌詞は蝉の生涯が描かれている。まっくらな土の中でまだ見ぬ太陽を信じて生きている。「辛さから逃げることで自分を騙しながら 生きることが幸せなら 僕らはいないはずだと」という歌詞は初めて聴いた時に鳥肌が立った。逮捕される後の彼を予見するような歌詞が印象的。 「逮捕されて良かった」と後に槇原は語っている。暗闇から抜け出そうと頑張っていたのは蝉ではなく、槇原本人だったのかもしれない。


初回盤のみ付属の8cmCDに収録の「待ってたぜBaby!」は、槇原プロデュースによる謎のユニットThunder Babiesによる曲。謎のユニットとはなっているが、正体は槇原の周辺のスタッフだとされている。だから歌が下手だったのか… 槇原とスタッフによる壮大な内輪ノリであったということである。評価は省略させていただく。


ヒット作ということもあり、中古屋ではよく見かける。全編通して徹底的に作り込まれたサウンドを味わえる。バランスの都合で星の数を減らしてしまった曲もあるが、全曲星×5にしても良いくらいの完成度である。異様なまでに作り込まれた素晴らしい楽曲を味わえる。しかし、ベストの後のオリジナルアルバムとして聴くにはかなりアクが強い。何作か聴いた後で、もう少し深く聴きたいという段階になったら聴くことを推奨する。
槇原敬之のアルバムでも屈指の完成度を誇る確かな名盤。槇原敬之のアルバムはバラエティ豊かな曲が収録されているのでアルバム単位で評価できる作品が少ない印象が否めないが、今作はコンセプトアルバムのような要素を持っており、アルバム全体で聴くと収録曲の良さが際立つ。蒸し暑い夏を過ごすお供にどうぞ。

★★★★★