サニーデイ・サービス
1997-10-22


【収録曲】
全曲作詞作曲 曽我部恵一
プロデュース  曽我部恵一


1.baby blue ★★★★★
2.朝 ★★★★★

3.NOW ★★★★★
4.枯れ葉 ★★★★☆
5.虹の午後に ★★★★★

6.Wild Grass Picture ★★★☆☆
7.PINK MOON ★★★☆☆
8.星を見たかい? ★★★★☆

9.雨 ★★★☆☆
10.そして風は吹く ★★★★★
11.旅の手帖 ★★★★★

12.bye bye blackbird ★★★★★


1997年10月22日発売(CD)
2015年10月22日発売(LP盤)
MIDI
最高位7位 売上5.2万枚


サニーデイ・サービスの4thアルバム。先行シングル「NOW」を収録。前作「愛と笑いの夜」からは9ヶ月振りのリリースとなった。初回盤は三方背BOX仕様で、ミニポスターが封入されている。


今作はバンドとしての絶頂期と言える時代の作品。その自信はセルフタイトルという点でも現れている。それは曽我部恵一自らも認めるところ。ちなみに、今作はジャケ写から「牛ジャケ」「牛盤」等と呼ばれることが多い。当時サニーデイ・サービスのメンバーはピンク・フロイドの「原子心母」のジャケ写のような風景を探してロンドンの片田舎に行ったという。
アルバムのテーマは「旅」である。


今作は今までよりもバンドとしての一体感が強く感じられる作品となっている。曽我部恵一は「これは楽しい思い出しかない、ピークだったかもしれない。とにかく全部が充実していた。」と、当時を振り返っている。しかし、自分たちの思うような売上ではなかったことについては焦りがあったという。



「baby blue」は今作のオープニング曲。後に城南予備校のCMに起用された。ゆったりとした曲調で聴かせる曲。オープニングというには地味な印象が否めないものの、それは間違い。余計なものを一切取り払ったようなアコースティックなバンドサウンドや繊細な雰囲気が漂うメロディーは圧巻。曽我部恵一によるピアノソロもどこか儚さを感じさせる音色で曲を彩っている。聴き手に語りかけているような、優しく艶のあるボーカルもこの曲の聴きどころ。男でも聴き惚れてしまう声である。
歌詞については、曽我部恵一曰く「具体性はないが、何かを始める意思が見える」とのこと。「どこかでだれかとだれかが恋におちる」風景を見に行こうと誘う歌詞なのだが、恋人に言っていると仮定するとあまりにも達観した行為のように感じてしまう。しかし、情熱も感じられるのが不思議なところ。
歌い出しの「さあ出ておいで きみのこと待ってたんだ」というフレーズから今作の世界に引き込まれてしまうことだろう。「旅」をテーマにした今作は静かながらも熱を帯びたこの曲で幕を開ける。


「朝」は前の曲から一転して、激しいロックナンバー。イントロから歪んだギターサウンドが展開されており、最後までその勢いのままに聴かせてしまう。バタついている感じすらしてしまう軽快なドラムの音色も曲の爽快感を演出している。そのようなバンドサウンドと、眠っている人を起こすかのような力強さや爽やかさがあるメロディーとがぴったり絡んでいる。
歌詞は前の「baby blue」から繋がっていると解釈している。「baby blue」は空が白んで来た頃を想起させるが、この曲はそれよりもう少し後を思わせる。日が昇って来て、どこかに出かけようと思う心がさらに強くなっているのだろう。そのためか、「baby blue」よりも歌詞の内容が具体的になっている印象がある。「新しい靴で通りへ出れば 冬の朝 静けさが街を包み込んでしまう」というサビの歌詞は冬の空気すら伝わってくるような丁寧な描写がされている。明るく活気に満ちた曲調なのに、どこか寂しさや虚しさが感じられるのはサニーデイ・サービスのマジックだろうか。



「NOW」は先行シングル曲。ロッテのガーナミルクチョコレートのCMソングに起用された。アコースティックなサウンドが心地良いポップナンバー。爽やかでありながらどこか温かみのあるメロディーやサウンドが展開されている。アコギとエレピとが絡み合うAメロやラストのコーラスはこの曲の聴きどころ。シンプルながらもマニアックさも持った音作りはサニーデイ・サービスならでは。サビは穏やかかつキャッチーな仕上がりとなっている。
歌詞は列車に乗っている時の光景を想像させるもの。前の曲の「朝」には「どこかの駅へ 浮かぶ旅路へ」という歌詞があるが、実際にどこかの駅に行ったような感じ。恋人との幸せな様子が浮かんでくる描写もあるのだが、曽我部恵一は「実際にふたりずっと愛し合うかと思ったら違うと思うよ? でも、そう思える瞬間っていうのが重要だと思うからね」と語っている。
爽やかで明るいこの曲からどことなく漂う哀愁は、曽我部恵一のそのような考えが反映されているからなのだろうか。しかし、その哀愁こそがこの曲の魅力だと感じられる。


「枯れ葉」はダウナーな雰囲気に溢れたバラードナンバー。聴き手の心に沁み入るようなメロディーや、愁いを帯びた曽我部恵一のボーカルは絶品。叙情的なアコギの音色が前面に出ており、切なさを引き立てている。途中からはストリングスやメロトロンが使われており、静かながらも効果的に曲を盛り上げている。音の数はそこまで多くはないものの、その全てが一切の無駄なく響いている。引き算の美学と言ったところか。
歌詞は晩秋を舞台に、恋人を失った人の心情が描かれたもの。一人称は使われていないため、主人公は男性とも女性とも解釈できる。「洗った髪濡らしたまま ひとりぽつんと お茶でも入れようかと考えている」という歌詞からは主人公の感情がよく伝わってくる。決して目立つ曲ではないのだが、曲全体から漂う喪失感や虚無感に引き込まれる。


「虹の午後に」は爽快なポップロックナンバー。当時流行していたブリットポップからの影響を感じさせるギターサウンドが展開されている。特に間奏のギターソロは圧巻。スコーンスコーンと抜けていくようなドラムの音やメロディアスなベースラインも魅力的。シングルでも違和感の無いような曲なのだが、随所にサイケな雰囲気を持ったところがある。曲調は、飛び抜けてポップな訳でもなければ激しいわけでもないという独特なものである。そのような曲調がこの曲の中毒性を生み出しているのかもしれない。
歌詞は都市やその中にある自然をイメージさせるもの。「都市と生活は偶然に出逢う もうだれもぼくの心を変えられない」というサビの歌詞が好き。さりげないフレーズで文学的な世界観が表現されているように感じる。何より凄いのは全ての歌詞がメロディーとぴったり合っていること。このフレーズ以外はありえないと思ってしまうほどである。それも相まってか、この曲は聴く度に心地良さが増す。「聴くドラッグ」と形容できる数少ない曲だろう。



「Wild Grass Picture」は流れを落ち着けるようなシンプルな曲。2分半程度の小品。この曲はアコギとボーカルだけで構成されており、ソロ作品と言った方が良いかもしれない。そのようなシンプルな音作りがされているだけあって、曽我部恵一の歌声の魅力が限りなく引き出されている。柔らかくて艶があり、どこか愁いを帯びた歌声である。歌詞は自然をテーマにしたもの。曽我部恵一曰く「究極の純粋なものに語りかけるような曲にしたかった」とのこと。そして、「汚れている自分を肯定する事」が一番重要とも語っている。
「野に咲く花よ 今のぼくをどんなふうに思う? うらやましくはないだろう?だれも知らない場所で」という歌詞からは「汚れている自分」の姿がよく現れているように感じる。
この曲はアルバムの流れの中で聴くのが一番良い。単体で聴くことはまず無い。



「PINK MOON」は重厚なロックバラードナンバー。タイトルはニック・ドレイクのアルバムのタイトルから取られている。終始ダウナーな曲なのにサイケで異様な中毒性がある。後にノーザン・ブライトでデビューする新井仁がエレキギターの演奏で参加しているため、他の曲よりも分厚いギターサウンドが展開されているのが特徴。他の楽器も重厚感を増している。他の曲よりもボーカルに生々しさがある印象。特に「きみも部屋の窓から顔を出せよ」という部分。
歌詞は夕方から夜になる頃の情景を想像させるもの。「今夜また新しい月が登る」というフレーズにこの曲の世界観が集約されている。曽我部恵一は月が毎回違っているものと考えているようで、その考えが上記のフレーズに反映されているのではないか。何気ない日常をドラマチックな世界にまで高めてしまう曽我部恵一ならではの詞世界が展開された曲だと思う。



「星を見たかい?」はメロウな雰囲気を持ったミディアムナンバー。シンプルなバンドサウンドにヴィブラフォンの神秘的な音色が絡んでいる。力強くも清涼感のあるギターサウンドに加え、歌っているかのようなベースラインやバタバタとしたドラムの音が心地良い。サニーデイ・サービスにしか作り出せないグルーヴがある。切なさを纏ったメロディーが展開されており、聴き手を包み込むような力がある。
歌詞は真夜中を描いたものだという。前の「PINK MOON」は夜の帳が下りる頃、この曲では真夜中をイメージさせる。「悲しい調べに乗せて夜は過ぎて行く 心の扉をたたいてくれないか」というフレーズはそれが顕著に現れている。曲全体を通して、深夜特有の高揚感がこれ以上無いほど的確に表現されている印象がある。「深夜のテンション」になってしまった時のお供として聴くのも良いかもしれない。



「雨」は重厚感のあるロックバラードナンバー。歪んだギターサウンドと湿ったような音色のベースが前面に出たバンドサウンドで聴かせる。ゆったりとしたメロディーに寄り添うようなベースラインが特徴的。曲については曽我部恵一曰く「夜が更けてまた朝になって、空が白んでくるような雰囲気の曲」とのこと。曲全体から漂うモヤモヤした雰囲気は早朝の空気や雨雲を思わせる。
歌詞はここまでの時間帯についての曲をまとめて語るような曲を作ろうと思って作られたという。雨が降っている時の光景ではなく、降り出しそうな時が描かれている。「雨」は複雑な心や迷いを無に帰してしまうものとして語られている。「やがて雨が降り出すんだ」というフレーズが象徴的である。この曲も「Wild Grass Picture」と同じように、アルバムの流れの中で聴くのが良い曲だと思っている。単体で聴くことはほとんど無い。


「そして風は吹く」はここまでの流れを変えるようなロックナンバー。オルタナロックからの影響を感じさせる激しいギターサウンドと、フォーク色の強いメロディーとが絶妙なバランスで絡み合っている。そのようなギターサウンドとは裏腹に、心地良い音を叩き出すドラムも素晴らしい。サビのメロディーは圧巻。聴き手の心をグッと掴んで離さない、確かな訴求力がある。この曲最大の聴きどころはラスト。レコーディング時の曽我部恵一と丸山晴茂の演奏の様子が生々しく表現されている。合図に気付かない丸山晴茂に怒るようなギター、それを気付いて慌てて叩かれるドラム。それをそのまま入れてしまうのも凄いが、その直後に次の曲に繋がるのも上手い演出である。
歌詞は「暴風雨」をイメージさせるもの。前の「雨」は嵐の前の静けさだったと解釈できる。写真を撮るつもりだった花が風で台無しにされてしまったというシチュエーションが描かれている。それを通して、喪失感や自分ではどうしようもない強大な力を前にした時の無力感が的確に表現されている。
どの要素を切り取っても高い完成度を誇っており、サニーデイ・サービスのロックナンバーの中でも特に管理人の好きな曲である。


「旅の手帖」は爽やかなポップナンバー。後にJR四国のCMソングに起用された。前の「そして風は吹く」からはそのまま繋がっている。その演出が何とも憎い。シンプルながらも温かみのあるバンドサウンドが展開されている。それはウッドベースの音色の影響かもしれない。力強いギターサウンドや軽快なドラムの音がメロディーの爽やかさを引き立てている。この曲もサビのメロディーが絶品。開放感に満ちたメロディーとなっている。

歌詞はアルバムのテーマを象徴するようなものとなっている。今作の中では数少ないポジティブな内容の詞世界でもある。旅の思い出を忘れてしまうのではなく、それらを「旅の手帖」に書き込んでポケットに忍ばせ、他の所に行った時に見返して思い出そうとする…という行為が描かれている。「旅の日はいつもそんなものだろう 簡単な色のように」というサビの歌詞はこれまでの道のりの全てを肯定してくれるかのようである。
「旅は旅行ではなく、生きていく事」という曽我部恵一の考えがよく現れた曲になっていると思う。



「bye bye blackbird」は今作のラストを飾る曲。静かながらも壮大なバラードナンバー。最初はアコギの弾き語りで進んでいくが、後半からはバンドサウンドやストリングスが入って荘厳な雰囲気のサウンドとなる。それらが入ってくる瞬間は何度聴いても鳥肌が立ってしまう。メロディーは儚いほどに美しい。聴き手だけでなく、これまでの全ての曲も包み込んでしまうような大きな力を感じさせる。語りかけるようなボーカルはメロディーやサウンドの美しさをさらに高めている。
歌詞は文学的で少々難解。全体的には迷いを感じさせるものとなっている。「灰色の列車に乗り遅れてしまった 乗り過ごしてしまったじゃないか」という歌詞からはそれがはっきり現れている。ラストの「黒い鳥が また飛んで行った」という歌詞が意味深だが、曽我部恵一曰く「鳥は今作のストーリーテラーのような存在で、全てを俯瞰で見ている。飛んで行くのは行き先があるから。未来や過去、"NOW"は繋がっているんじゃないか」とのこと。
「baby blue」で静かに幕を開けたアルバムはこの曲で静かに幕を閉じる。この曲を聴き終えた時、またもう一周聴きたくなることだろう。



そこまで売れた作品ではないが、中古屋ではそこそこ見かける。「旅」をテーマにしたアルバムではあるが、明るい内容の曲はあまり無い。全編通してダウナーな雰囲気が漂っている。聴いた後に気分が重くなることがあるが、それもこのアルバムの魅力である。疲れた時に聴くとかなり心に沁みてくる。
今作はとにかく曲順や全体の流れの良さが圧巻。コンセプトアルバムの趣を持った作品なので統一感があるのは言うまでもないが、それでも何度聴いても素晴らしいと感じてしまう。先行シングル曲を含め、全ての曲が今作のためだけに作られた感じ。当然一曲一曲の完成度も圧倒的なものがある。
バンドの絶頂期と曽我部恵一が認めてしまったほどの作品なので、サニーデイ・サービスの音楽に興味のある方は是非とも聴いていただきたい。管理人の中ではサニーデイ・サービスの最高傑作という位置にある。いや、90年代の日本のロックやポップス屈指の名盤と言い切ってしまおう。

★★★★★