大江千里
1992-12-02


【収録曲】
全曲作詞作曲 大江千里
全曲編曲       大村雅朗
3.編曲           細海魚
7.8.編曲        清水信之
プロデュース  大江千里 


1.六甲おろしふいた ★★★★★
2.僕じゃない ★★★★☆
3.スーパーマンにはなれない ★★★★☆
4.砂の城 ★★★★★

5.代々木上原の彼女 ★★★★☆
6.木枯らしのモノクローム ★★★★★

7.逢ってしまうなんて ★★★☆☆
8.報告 ★★★★☆

9.HONEST ★★★★☆
10.ありがとう ★★★☆☆


1992年12月2日発売
Epic/Sony Records
最高位5位 売上12.3万枚


大江千里の11thアルバム。先行シングル「HONEST」「ありがとう」を収録。前作からは約1年2ヶ月振りのリリースとなった。初回盤は三方背BOX仕様でミニフォトブック付属。前作、そのまた前作と9月のリリースが続いていたが、12月のリリースとなった。


先行シングルの「ありがとう」がヒットしたものの、売上は前作よりもかなり落ちてしまった。槇原敬之が台頭したことが原因なのだろうか?楽曲の世界観は比較的似ているが、歌唱力で比較すると段違いである。そちらの方ににわかファン層が離れてしまったのかもしれない。そのような原因ではないとしても、今作では大江の歌唱力が落ちているのが何となく分かる。元々苦しそうな歌い方なのだが、前作までの作品よりも苦しそうな感じになっている。


曲は前作同様、男の感情が歌われたものが多い。聴いていると微笑ましくなるような、情けない男の姿が描かれている。



「六甲おろしふいた」は今作のオープニングを飾るタイトル曲。跳ね上がるようなイメージのピアノによるイントロがとても軽快である。アルバムの始まりにふさわしいキャッチーでポップな曲。タイトルから阪神の球団応援歌をイメージした方もいらっしゃるかもしれないが、全く違う。「六甲おろし」とは歌詞を見る限りだと、つむじ曲りな性格で主人公の男を翻弄する元カノの比喩。つまり、タイトルは今でいう「ツンデレ」な女の子のこと。「たまに逢うと恋人以上だって 妙な連帯感で抱きついといて あっかんべえした」という歌詞がツンデレ振りを物語る。心がどんどん揺れ動く主人公の男の様子が手に取るように分かる。



「僕じゃない」は重い雰囲気のバラード。緊張感溢れるピアノによるイントロから始まる。別れた彼女のことを思い出している男の心が歌われている。「押しつけがましい あの優しさ」というフレーズが印象的。情景描写が巧みにされた歌詞によって、男の心情がよく伝わってくる。



「スーパーマンにはなれない」は楽しげな曲調が印象的な曲。子供の声が効果的に使われている。歌詞は浮気がバレてしまった男が描かれたもの。生活感溢れる小道具が歌詞の中に盛り込まれている。「歯ブラシ」「夏服」「ハンガー」「カレンダー」… 失ってから「きみ」のことが好きだと気がつく。遅すぎるが、そんなものである。「きみのスーパーマンにはなれない きみの理想形に近づけない」と歌い上げるサビ。男の情けなさがたまらない曲。



「砂の城」は美しいメロディーが素晴らしい名バラード。1993年公開の映画『She's Rain』の主題歌に起用された。恋人への永遠の愛を誓う歌詞。「世界中の時計を止めてしまおう」というサビの歌詞が印象的。タイトルは大江曰く「古典的な諸行無常の象徴」とのこと。どんなに美しく作ったとしても、いつか崩れて無くなってしまう。そのような切ない世界観がこの曲にはある。ファンならずとも聴いていただきたい名曲。「ありがとう」を凌駕する名バラードだと思う。


「代々木上原の彼女」はバブル期を思わせる歌詞が印象的な曲。とてもポップな曲調。コーラスには杉真理と須藤薫が参加し、曲を彩っている。歌い出しから真っ赤なベンツを買って」とインパクト抜群。今時そんな奴いないだろと言いたくなる。サビには「ばらの花束」が登場する。今ではめっきり減ってしまった、女性に攻めまくる男が描かれている。「代々木上原」という街のチョイスが絶妙。実際どうかは知らないが、何となくおしゃれな感じがする。草食系な男を描いた歌詞が多い大江千里の曲の中では数少ない肉食系なイメージの歌詞。時代性が強いのであまり共感できない。



「木枯らしのモノクローム」は「ありがとう」のC/W曲。女性コーラスには麗美が参加している。聴き手をどんどん曲の世界に引き込むような、大江千里らしいポップで爽やかな曲。この曲を聴くと何故か松任谷由実の曲を思い出す。流石は「男ユーミン」である。ピアノ(キーボード)主体のサウンドで言葉が詰め込まれているからだろうか?情景描写がふんだんに盛り込まれた歌詞が良い。タイトル通り、秋の終わりぐらいになると聴きたくなる。これを聴きながら街を歩くのがおすすめ。



「逢ってしまうなんて」は元カノと再会してしまった男を描いた曲。曲調はとても気だるい感じ。男の心がそのまま表現されているようである。もう逢うこともないと思っていたのに、ばったりと逢ってしまった。「傷つけあったことさえも 懐かしくなるのは何故 時の流れは とても速すぎる」という歌詞が印象的。


「報告」はこれまでの曲とは打って変わって幸せなイメージの曲。伊集院静が篠ひろ子と結婚する時に「自分の田舎を見に来てほしい」と言ったエピソードに触発されて作ったという曲。婚約者を自分の田舎に連れて行くという微笑ましい内容の歌詞。好きな人に自分の故郷を見せたいという男性は結構いると思う。


「HONEST」は先行シングル曲。大ヒットした「格好悪いふられ方」の次のシングル曲がこの曲。聴いただけではとてもシングルとは思えないくらい地味なイメージのバラード。サウンドはピアノが主体になっている。正直大江千里が失速した原因の一つだと思う。決して駄曲という訳ではないのだが、何故この曲にしたのかと思ってしまう。「再びきみに逢うために」という歌詞がある以上、曲の主人公は結論の出ない別れ方をしているのだろう。タイトルは「誠実な」というような意味がある。「傷つけて傷ついた時の 理由(わけ)を覚えていたい」という歌詞が印象的。何となく誠実そうな男なのは伝わってくる。



「ありがとう」は先行シングル曲。大江本人も出演したドラマ『十年愛』の主題歌に起用された。このドラマで大江はかなり重要な役だったのだが、途中で死んでしまった。死因は「高速回転するメリーゴーランドに吹き飛ばされた」という何ともシュールなもの。一応娘を守るためだったのでそれは格好良いと思う。(娘は助かった)ちなみに、病院に運ばれるシーンは大江のトレードマークと言えるメガネをかけたままだったという。
曲はストリングスが使われた壮大なバラード。元々は結婚することになった大江の妹を祝うために作った曲で、軽い曲調だったという。文字起こしすると「ありがぁぁ~↓とぉぉぉ↑」という感じの大江の歌い方はインパクト抜群で、タモリがよくモノマネしていたことで有名。ピアノとストリングスによるサウンドのため、聴いていると割と眠くなる。スローバラード過ぎる。1994年リリースのベスト盤にも収録されたが、そちらは比較的軽い曲調になり、歌詞が一部変えられている。「たとえばもっと(another arigato)」とタイトルも変わっている。そのバージョンの方が聴きやすい。



ヒット作なので中古屋ではかなり見かける。タイトルやジャケ写にインパクトがあるので見覚えのある方も多いかもしれない。全体的に幅広い作風で、バラエティ豊かな作品。ラスト以外に据える場所が無かったのかもしれないが、「ありがとう」がラストに配置されているためか、ずしんと沈んでいくような気分になる。一曲単位で聴くと良い曲が沢山あるのだが、アルバムを通すととっ散らかった印象が否めない。何とも勿体無いアルバムである。ちなみに、次のアルバムからはさらにボーカルの衰えが目立ち始める。それに適応できないリスナーはここまでしか聴けないと思われる。


★★★★☆